美空と青い海

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「青木先輩。夏コミ―――いや、すみません。今は無理しないでください」 「先輩、創作つづけられそうですか?」 「原作の構成とか、ネームとか……大丈夫?」  などなど、後輩や同級生からの同趣旨同内容の言葉が聞き飽きてきた6月上旬。海流が死んで45日になる。漂う魂も天に向かっていることだろう。輪廻転生の考え方だともう生まれ変わるんだっけ? そんなことを考えながら部室に侵入したハエを叩く。これが海流だったらごめん。ていうか「それは海流に失礼だな」と思い直す。  もう梅雨が始まっていた。  今年の梅雨は特に憂鬱だ。  それよりも残された海流の家族の事を思うと悲しくなる。海流の両親は葬儀で気丈に振舞っていたものの、その心痛は計り知れない。海流は私の彼氏ではなかったので、恋愛少女的視点からの心痛はギリギリセーフ。多分―――。  そうはいっても私も私で夏コミで出展するマンガのネームができずに悲しくなる。  夏コミの参加は一度はあきらめた。それどころかマンガ家を目指すという夢すらあきらめかけた。  しかし、この夢は私だけの夢ではない。私と海流―――二人の夢なのだ。  だから、あきらめられない。いや。あきらめたくない。碧野海空の名前は簡単には捨てられないのだ。  それに私たちが通っている紺碧高校の漫画研究会はちょっと普通ではない。なんといってもコミケでは「無差別流マンガ道場蒼龍会」という名で出店させていただいている名門サークルである。顧問の先生は公にはしないものの、ピクシブでは有名な神絵師の一人だ。と、いうわけで今年も夏コミは問答無用で参加する。  しかし、海流がいない今となっては肝心の原作素案、それに続くプロット、ネームといった創作の根幹となる重要部分が思う様に進まない。  それをなんとか打開すべく部室で3週間目になる長考を始めた時だ。ガラガラと部室のドアが開く。今日は休校日からは本来なら誰も来ない。  私は集中していたものの、ふとドアの方を向いてしまう。可能性があるのは見回りの先生ぐらいのものだろう。 「よ! 美空! 久しぶりだな」開いたドアの向こうにはいつもの学ランを着た眼鏡、ぼさぼさ頭、やせ型高身長なのに猫背なのでそれほど高く見えない青井海流(かいる)がいた。 「あ!?」さすがの私も思考停止。 「そういう反応になるよね? 了解了解。だから死神のピッピから説明があります」そういうと彼は肩に乗せた雀に会話を振る。いろいろとツッコミどころが満載過ぎて逆に冷静になるから人間という者は時として不思議な生き物だ。 「だから私は死神でもないし、ピッピでもない。私は生死の司るイザナミ神の眷属神野神右衛門(じんのじんえもん)である」 「え? この雀、キャラヤバくない? 名前のインパクトも強いけど、その声。大塚明夫じゃん!」 「だろ? 俺『肉、食うかい?』って言ってもらった」 「なにそれ? ゆるキャン△? 大塚明夫って他にもあるのにそれかい! でもそのマニアックな感じが好き!」  故人であるということを忘れてひとしきり盛り上がる。 「ごほん! そろそろいいかな?」ピッピがしびれをきらしたようだ。それにしても大塚明夫は良い声だ。 「ごめんごめん。ピッピさんだっけ? よろしくです」私が握手を求めるとピッピはかわいらしい羽を差し出す。  ピッピはまぁ呼び名は好きにそればいいとか言いながらこれまで経緯の説明を始めた。  交通事故死した青井海流ではあったが、この世に対する執念があまりにも強かったため生死を司る神の眷属である神野神右衛門があの世に導こうとしても導くことができず、願望を成就するまでこの世にいることを保留されたらしい。とは言っても身体はないので直接的に物には触れない。交信のできる人間は一名のみという制限がある。 「ん? 交信ができる者は一名だけって―――それって私だけってこと?」 「まぁ、そういうことになるね」なんだかそれって凄く重要な役割になっていませんか? 普通、家族とかがそういう存在にならないかな? もしくは恋人とか? 「なんで私なわけ?」まさか好きだったとか言うんじゃ――― 「言うまでもない。夏コミだよ!」ん? なんだって? 「な―――夏コミ?」 「そうだよ、美空! 今回の夏コミは俺たち『碧野海空』のデビューを飾る大事なイベントなはず! 今年の夏コミをもって―――」 「「今日、この日から『碧野海空』がマンガ界を席巻する!!」」思わず声がそろう。これが、これこそが私たちの合言葉なのだと実感する。  そしてさらば私の淡い恋心と青春―――普通の恋愛物だったらここは告白するところだろ? それで愛の力で現世に戻れるとか生まれるとかだろ? 「恋愛もののストーリーはどうした? 転生もののセオリーを忘れたのか? お前はこの17年間、何を学んできたのだ!」などとは悔しいのでツッコまない。いや、私の自尊心がそうさせてくれないのだ。 「わかった。まだ6月だし―――やりますか? やってやりますよ! いや、やらいでか!!」 「さすが美空! ノリが完全におっさん―――」みなまでいう前に私は海流の顔面にストレートを叩きこむ。当たるはずのないその渾身のストレートは見事に海流をK.O.した。あれ? 物には触れれないんじゃなかったっけ? 「ええと。美空くん。言い忘れたけど話のできる人間とは接触ができるのだ。まぁそれは今、体験をもって習得したことと思う」大塚明夫―――ではなく、ピッピが機を逸したコメントをする。 「それ、もうちょっと早く言ってくれないかな?」  こうして私たち二人と一羽(?)は夏コミを制覇するべき、共闘することとなった。  いや―――今日、この時をもって『碧野海空』の伝説が始まるのだ。
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