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「ねぇ、M2kiがツアーで来日してるらしいよ!この辺、地元らしくてさ、お忍びで実家に帰って来てたりするかもね?」
「え~バッタリ会えないかな?」
「ねぇ、何でM2kiって名前にしたか知ってる?」
「知らなーい、何で?」
「なんかねぇ、最後の小文字のkiに意味があって……」
昼休みに同期三人でランチしていると、二人がそんな話を始めて、心がざわついた。
来日しているんだ…
睦月はM2kiという名前で、深くかぶったキャップ姿がトレードマークのギタリストとなっていた。
寂しい悲しい気持ちに蓋をして、二年の月日が経っていた。
新しい恋人を作る気にもなれず、モノクロの世界で家と職場を往復する毎日。
もしかして帰って来てる?なんて、ちょっぴり期待して睦月の部屋をこっそり眺める自分に嫌気がさす。
「会いたくない、会いに来るな」などと言っておいて、やっぱりどうしようもなく会いたいのだ。
睦月の家は父子家庭だった。睦月が中学に上がった年に母親が病気で亡くなってしまい、それからは父親と二人住まい。それから父親はあまり家に帰らなくなって、思いついたように帰って来たかと思えば、またふらりと何日も家を空ける日もあった。
睦月が家を出てからもそれは同様だった。だから睦月の家に明かりが点く日は、気まぐれに月に数日程度。睦月の部屋は、睦月が出て行ってからは暗いままだ。
いるかもわからない父親に会うために、実家に帰ってくるなんてあり得ない。
暗いままの睦月の部屋を眺めて、私は深くため息をついた。
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