義父兄仲裁中!

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義父兄仲裁中!

 波乱の義父との再会の翌日。分かっていたつもりでも静波君と帆波さんのこじれた関係には動揺してしまった。そしてそれは親友にはすぐにバレる。 「なんか元気ねぇじゃん。唯一の取り柄なのに」 「一言多いわ」 「そうだ、これやるよ」  昼休みに雫がくれたのはコンビニの新作スイーツだった。「新作だってさ」と言って渡された抹茶のミニパフェ。いつもは自分の分しか買ってこないくせに。 「うめぇ」 「味わって食えよー」 「ありがとうマイベストフレンド」 「きっしょ」  雫の優しさとデザートの甘さが身に染みる。口が悪いのはスパイスみたいなものだと思っている。甘いだけだと飽きるからな。 「日曜にさぁ……“あの”親父さんとその恋人が家に来るんだけどどうしよう」 「ヒモと金持ちって言ってたやつか?どういう展開だよ」 「昨日色々あって……でもまぁ親父さんは相変わらず呑気だったけど、相手はまともそうだったよ」 「へぇ。良かったじゃん」 「でもなぁ……静波君がなぁ……親父さんと仲悪くて」 「それで元気ねぇの?親子喧嘩の仲裁か……まぁ灯なら大丈夫だろ」 「簡単に言うなよ」 「大丈夫だって。ベストフレンドの言うことが信じられないのか?」 「きっしょいな、その言い回し」  コンビニのパスタを食べるのに使っていたフォークを腕に刺された。「いてぇ」と言うと嬉しそうな雫。雫の言葉に根拠なんかなかったけれど、何だか大丈夫な気がした。 *  「何だこれ!」  土曜日の夜。俺は部屋で一人大きな声をあげていた。今日は出先で配信すると言っていた静波君。内容はただのトークするだけだからと言って出かけて行ったから安心していたのに。配信の時間になってスマホの画面を見てみたら、そこには確かに静波君が居た。しかし見知らぬ場所、さらには隣に見知らぬ男性の姿があった。 『今日はコラボ配信だよ!』 『うぇーい。ルイだよー』  ルイと名乗る男性はハーフなのだろうか、鼻が高くて顔のほりが深くて、大きな目とまつげが長いのが小さいスマホの画面からでも分かる。艶やかな黒髪はくせ毛だがその無造作な髪型ですら芸術的に見える。  ソファにくつろいで座っているから頭身はわかりにくいけど、静波君もなかなかスタイルがいいが、ルイも相当スタイルが良いのだと思った。  そして驚いたのが、いつも二千人にも満たない静波君の配信の視聴者数が、五千人に増えていたことだ。配信画面に流れるコメントもおそらくルイのファンであろうコメントであふれていた。 『今日はモデル仲間で仲の良いルイ君のお家でお送りしま~す』 『えーっと、「いつから仲良いの?」かぁ……静波とはねぇ、仲良くなったのは最近なんだよね』  最近仲良くなったのに、もう呼び捨てだと?しかも一つのソファに座っているから距離も近いし……あぁ、めちゃくちゃモヤモヤする。  その後もゆるゆるとトークは続いた。楽しそうにしている静波君を見て、俺はふと、今まで静波君が他の人と仲良くしているところを初めて見たと気付いた。静波君に友達が居るとは聞いていたけど、家に呼ぶことはなかったし、SNSに友達との写真をあげることもほとんどなかった。 『「二人は大事なものって何?」えぇ?僕はもちろんみんなだよ。静波は?』 『俺?一番はやっぱり家族かな。もちろん視聴者のみんなも家族ぐらい大事に思ってるよ?』  静波君のことを考えていて配信画面から離れていた目が、“家族”という単語で引き戻される。配信のカメラ越しに合う静波君の目が、俺にだけ向いているような錯覚がした。 『何それかっこいい。もちろん僕も大事だよね?』 『あぁ』  同じ“大事”に括られたことにショックを受けた。そしてショックを受けていることに自分自身で驚いていた。別にただ仲良く会話をしているだけじゃないか。配信のチャット欄が二人のやりとりを「尊い」だとか「もっとくれ」だとか喜ぶコメントであふれているのを見て、思わずチャット欄を閉じた。   『じゃあルイ、そろそろ終わりにする?』 『えぇ~』 『まぁまぁ、またコラボしよ?』 『約束だよ静波』 『あぁ。って何してんの』 『ただの挨拶だよ。じゃあみんなバイバ~イ』 『じゃあまたね』 「はあぁああ⁉」  俺は思わず絶叫していた。バタバタと足音が近づいてきて、凪がドアを開けて「どうしたの⁉」と思わず飛び込んできた。 「な、何でもない。悪い、大丈夫だから」 「そう?心配させないでよもう」 「ごめん」  凪をなんとか部屋から出して、既に配信が終わったスマホの画面を見つめてた。見間違いでなければ、“ただの挨拶”は静波君の頬へのチューだった。さらに静波君から追い打ちをかけるようなメッセージがスマホに届いた。 〈今夜は友達の家に泊まるから。戸締りちゃんとしてね〉 * 「灯にぃちゃん、大丈夫?」  日曜の朝。今日は帆波さんと修二さんがお昼に来る。午前中に掃除をしておこうと思っていたのに、俺はリビングのソファにそれはそれは深く沈み込んでいた。そして静波君はまだ帰ってこない。 「ダメかもしれねぇ」 「なんでよぉ。今日は父さんとお客さん来るんでしょ?しっかりしてよ」  ソファに沈む俺の体を揺らす凪。微動だにしない俺。昨日の配信の仲睦まじい静波君とルイというモデル仲間の姿が何度も脳内で再生され続けていた。 「あんなの勝てねぇよ……」 「何が勝てないの?」 「うわあぁあ!」  俺はソファから崩れ落ちた。「何してるの灯君」と呆れる静波くんが目の前にいた。 「いつの間に帰ってきたの」 「灯君が今日は絶対に家に居てって言ったんじゃない」 「そうでした……いや、昨日はお楽しみでしたねぇ⁉」 「声大きいし何言ってんの灯君。さっきからおかしいよ?」 「灯にぃちゃん昨日の夜からおかしいんだよ」 「へぇ?昨日からねぇ……」  凪の言葉を受けて何故か静波君は上機嫌になっていた。「そうかぁ」と満足げ呟くと、鼻歌を歌いながら部屋に戻って行った。帆波さんが来てもこの機嫌が続けばいいけれど。 * 「で、この状況は何かな?灯君」  案の定静波君の機嫌は悪くなった。リビングのテーブルに帆波さんと修二さんが座っているのを見てすぐに。修二さんは微笑んでいるが、静波君と同じくらい帆波さんは渋い顔をしている。おそらく修二さんに無理やり連れて来られたのだろう。 「大事な“家族”なんだから!一緒にご飯食べるんだよ、静波君!」 「そうだよ静波兄ちゃん」 「そうだぞ静波」 「便乗するなジジィ」 「凪の前でそんな言葉使わないの静波君!」 「そうだぞ静波」  静かに拳を固めている静波君をなだめながら、何とか席に座らせた。今日の昼ご飯は前に雫の家で教わったアクアパッツァだ。特に感激していたのは帆波さんだった。 「すごいねぇ灯君は。こんなのも作れるんだ」 「俺の親友に教わったんです。美味いでしょ」 「うん、美味しい。後で俺にも作り方教えてくれよ」  俺たちの会話をつまらなそうに見ている静波君。気まずい……でも今日こそはちゃんと二人にも会話をして欲しい。その為の今日なのだ。しかし静波君は途中で席を立ってしまった。 「ちょっと待ってよ静波君!」 「はぁ……だってさ、何しに来たわけ?この人は」 「ごめんね静波君、よそ者の僕が言うことではないかもしれないけれど、少しだけ帆波の話を聞いてくれないかな」 「……修二さん、でしたっけ?お金なら絶対に返しますから。これ以上俺ら兄弟のことに踏み込んで来ないでくれませんか?」 「静波!俺の事は何言ってもいいが、修二にあたるのはやめろ!」 「あたってないだろ!当たり前のこと言ってるだけだ!それにあんただけには説教なんてされたくないね」 「兄ちゃん、落ち着いてよ」 「凪は黙ってろ!」 「おい!いい加減にしろよ静波。凪にあたるんじゃねぇ!」 「もうやめてくれよ!」  俺は思わず叫んでいた。静まり返るリビングルーム。 「ごめん、大声出して……でももう嫌なんだ。家族がバラバラになるの。静波君お願いだから……帆波さんの話、聞いてあげて欲しいんだ」 「……灯君のお願いなら」  静波君は再び椅子に座り直した。いつになく真剣な顔で。帆波さんも真剣な顔をしている。 「静波……それに凪と灯君も。母さんが亡くなってから、父親らしいこと、してやれなかった……悪かった」  帆波さんは頭が机に着くくらい深く頭を下げた。静波君はそんな帆波さんのことを見たのが初めてだったのだろう、驚いた顔をしていた。 「僕は別に怒ってないよ……でもちょっと寂しかったかな」 「凪……ごめんな、頼りない父親で」 「本当だよ……そんな謝罪一つで済まそうなんて……許せるかよ」 「静波君、かばうつもりじゃないけれど……帆波はね、たぶん君が思っている以上に弱っていたよ。君たち家族を不安にさせたくなくて避けていたんだよ。だからすぐに許せとは言えないし……たまには、家に帰ることを許してくれないかな?」  静波君の顔は厳しいままで。しばし沈黙が流れた。静波君は立ち上がると「勝手にしろ」と言い部屋を出て行った。 「あれは……少しは許してくれたのか?」 「たぶんね。でも調子乗ったらダメだよ父さん」 「そうだよ帆波」 「はい……灯君、ありがとうな」 「いえ……」  帆波さんは急に脱力したように手足をだらんと投げ出した。そして俺の方を向いてお礼を言った。思っていたよりも帆波さんも緊張していたようだった。 *  今日は長居するのはやめておこうと言う修二さんの提案に帆波さんも名残惜しそうにしながらも大人しく帰って行った。凪は案外平気そうで、帆波さんはそのことに少し落ち込んでいたけど、大人になったと嬉しそうでもあった。  夕飯の時間になっても静波君は部屋から出て来ず、凪と先にご飯を食べた。仕方がないから俺はトレーに夕飯を乗っけて静波君の部屋へ向かった。 「静波君……ご飯」 「わざわざありがとう灯君」  昼に声を荒げていた人とは思えないほど静波君はもう落ち着いていた。というより落ち込んでいるように見えた。俺が持ってきた夕飯をデスクに置いて、ベッドの縁に座った。俺も隣に座るよう促してくる。 「今日はごめん。無理やり帆波さんと会わせて」 「本当だよ。灯君じゃなきゃ許さないからね」 「ごめん……あともう一個謝りたくて」 「どうしたの?」 「あの、母さんが亡くなってからのこと、俺余裕なくて、全然静波君のこと、気にかけてあげられなかった」 「何言ってんの。灯君が謝ることなんてないでしょ」  静波君は俺の頭に手を添えて、肩に乗せた。 「ありがとう。でもごめん。静波君も寂しかったよね」 「え?いやいや、俺は大きかったし……」 「あの時は今の俺と年変わんないでしょ、いつも俺のこと子ども扱いするくせに」 「もしかして根に持ってる?子ども扱いしたこと」 「うん。俺もう子どもじゃないから……静波君、もっと俺のこと頼ってよ」  静波君の肩から顔をあげて見つめながら言うと、静波君は目を丸くしてキョトンとしていた。でもすぐに笑顔に変わった。 「灯君のことは、いつも頼りにしてるよ」 「本当?」 「もちろん」 「わかった……俺、静波君のこと、大事に思ってるからね」 「うん。僕も大事に思ってるよ」  いつもの優しい兄の笑顔を見て、俺は安心して部屋に戻ることにした。でもその前に。 「じゃあ、そろそろ部屋戻るね。ちゃんとご飯食べてね」 「あぁ、わかっ……え?……灯君、今のは……」  静波君が目の前で固まっている。それはそうだ。俺は静波君に初めてのことをした。 「……ただの挨拶なんだろ?」
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