14人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
家族紹介配信中!
「どうも~大学生の長男、“せいは”です」
「末っ子の“なぎ”です。中学生です!」
「……次男の“とう”です……高校生です」
「あれ、とう君の元気がないね。反抗期かな?」
「違います」
「とうにぃちゃん、僕でも反抗期じゃないのに」
「違うから!やっぱり配信とかやめねぇ?」
「えぇ~……でももう千人も見てるよ?」
「はぁああ!?」
~義兄弟配信中!!~
「凪!朝だ!起きろ!!」
「はーい……」
この春に高校一年生になった次男の水瀬 灯(みなせ とう)の朝は起床してから朝ご飯の準備、自身のお弁当を作り、末っ子で中学生二年生の弟、凪(なぎ)を起こすことから始まる。長男で大学二年生の静波(せいは)君は大学生らしい不規則な生活をしているから、朝は死んだように寝ていることがある。後は父親の帆波(ほなみ)さんと都内の一軒家に住んでいるが、帆波さんはほとんど家に居ない。静波君が言うには「あれはヒモをしているから気にしないで」ということらしい。だから気にしないことにしていた。最近までは。
「早く朝ご飯食べな。学校遅刻するなよ」
「はーい……」
眠そうな凪を置いて身支度をし、先に家を出て学校へ向かう。通学に使ういつもの電車に乗ってようやく一息吐いた。ブレザーのポケットからスマホを取り出してSNSをチェックする。俺は静波君のSNSのアカウントを本人には知らせずに閲覧している。深夜に静波君が投稿した自撮り写真を見てため息を吐く。たくさんのハートマークと神!だとかビジュ爆!だとか褒めたたえるコメントが付いていた。化粧をしなくても色白でまるでK-POPアイドル顔負けの顔とスタイルを兼ね備えた静波君はたまに雑誌でモデルなんかもしていて、シンプルな日常の写真と自撮りながら五万人を超えるのフォロワーがいる。
「灯!おはよう」
「あぁ、おはよう」
電車を降りて学校へ向かう途中、片桐 雫(かたぎり しずく)に話しかけられた。雫は二年連続同じクラスで高校から仲良くなった友達だ。美術部の雫は細い切れ長の目にサラサラの黒髪の口は悪いが爽やかな猫系塩顔イケメンだ。
「また静波さんのVIJU(ヴィジュ)見て落ち込んでんの?」
「あぁ」
VIJUはさっきまで見てたSNSのこと。写真がメインで配信も出来る日本のシェアならトップクラスのSNSプラットフォームだ。
「だって静波君かっこよすぎるだろ。俺と違って」
「顔が似てねぇのはしょうがないじゃん。親違うんだろ?」
「そうだけどさ」
そう、実は俺は今の家族とは血がつながっていない。帆波さんは五年前に俺の母さんと再婚したから義父にあたる。静波君と凪は義兄弟だ。俺の母さんは三年前に亡くなってしまった。
「落ち込むなら見なけりゃいいのに」
「かっこいいのは見たいし」
「いつも家で見てるだろ?」
「……静波君が大学生になってから顔を見る機会が減ってさ。生活が高校生の時と全然違うんだよ」
「へぇ。だからネトストしてんだ」
「言い方ぁ!身内が一番のファンなんて普通だろ!これは家族愛が故の推し活だ!」
「それこそ言い方次第だな……ってか別に灯も整った顔してると思うけど」
「うん?告白か?」
「あぁ?んなわけねぇだろ。おめでてぇ野郎だな」
「何だと!?」
雫と揉み合いになりながら教室に入った。雫とはいつもこんな感じだ。義兄だとしても静波君に憧れ過ぎている俺に雫は呆れている。
*
「最近さ、凪も静波君と違ったイケメンに育ってきててさ」
「弟君まだ中学生だろ。さすがに犯罪だぞ」
「ぶっ飛ばすぞ雫。俺は純粋にあの兄弟を見守りたいんだ」
「あっそ」
「もっと俺の兄弟の話に興味を持て」
「いつも聞いてるから飽きた」
お昼休みには教室で弁当を食べながら雫に“俺の”イケメン義兄弟の自慢をするのが日課だ。そしていつもコンビニ飯の雫は俺の弁当のおかずを盗むのが日課だった。
「でも最近問題があってさ」
「うん?今日のからあげも問題なくうまいぞ」
「弁当の話じゃねぇよ。なんかさ、静波君がこのままだと親父さんみたくなりそうで怖いんだ」
「親父さんて“あの”?」
「そう、あのヒモの親父さん。付き合ってるのが金持ちらしくて。俺らの学費も援助してもらってるかもしれないから強く非難もできねぇんだけどさ」
「ふーん」
「でさ、最近静波君はVIJUで徐々にフォロワーが増えてきてて、なんか欲しいもの買ってあげた~い!とか言ってる奴もいるわけよ」
「ほーん……卵焼きもうまいな」
「話聞けや。このままだと静波君もいずれヒモになってしまうかと思うと心配で眠れねぇんだよ。どうすればいい」
「うん?SNSで物もらえるならラッキーじゃん。考え方古くね?」
「……そういう時代なのか」
「何か灯、ジジイみたいだな」
「ジジイでも何でもいい。俺はあの兄弟に自分の稼いだ金で生きてほしいんだ。いずれ俺もちゃんと稼いで学費は返すつもりだし」
「真面目だねぇ、灯は。あ、ほうれん草は嫌いだから今度から入れないで」
「お前の弁当じゃねぇんだよ!」
*
「灯にぃちゃんおかえり」
「ただいま」
家に帰ると既に凪が帰ってきていた。ふわふわで自然な茶色の髪とクリクリとしたまん丸の目はまるでかわいい子犬のようだったのに、声変わりを経て凪は身長も伸び、どんどん大人っぽくなってきている。子どもの成長は速いとは言うけど正にその通りだと思う。凪には部活をしても良いと言ったのに家事を手伝いたいからと帰宅部を選択してくれた。我がままを言うことが減り精神的にも大人になったと思う。反抗期も無く少し心配なくらいだ。
「買い物しといたよ」
「おう、急いで夕飯作るから。宿題やっときな」
「え、手伝うよ」
「いいから」
「じゃあ俺が手伝うよ」
ふらっと現れた静波君。夕方だと言うのに部屋義にぼさぼさの髪の毛。完全に起きたばかりの様子だ。まさか今まで寝ていたのか?
「あ、兄ちゃんおはよ」
「おはよう凪」
「いや二人とも。もう夕方なんだが」
「灯君。挨拶は大事だよ」
「それはそう。いやそういうことじゃないから」
「灯君は細かいね。さぁ凪、宿題をやってきなさい。後は兄ちゃんに任せろ」
「は~い」
本当に起きたばかりなのか、ふわふわとした様子のまま夕飯の手伝いをしてくれる静波君。俺の独断で包丁を使うのは止めさせといた。手伝うことが減った静波君は暇すぎて、俺を後ろから抱きしめるような形で俺の肩を枕にして体重をかけてきた。なんかすげぇ良い匂いがするんだが。
「ちょっと、俺の肩で二度寝しないで。てか邪魔」
「えぇ~冷たいねぇ灯君は。名前は温かそうなのにねぇ」
「うるせ」
「あれ、反抗期かな」
「すぐ反抗期って言うのやめてくれます?」
「昔はにぃにって抱き着いてくれてたのに」
「にぃになんて呼んだ記憶ないけど」
「あれぇ?そうだっけ?」
「酔ってんの?」
「いつも灯君に心酔してるよ~」
「はぁ……皿出して」
「そこはにぃに、お皿出して、でしょ?もう、冷たいなぁ」
「はいはい……凪ぃ!そろそろ飯だぞ!」
静波君が大学生になってから俺も凪も顔を合わせることが減っていた。サークルの飲み会とかバイトとか、モデルのお仕事のお付き合いとか、諸々忙しいみたいで。「凪が寂しがっている」と言ったら食事を一緒にする回数は増やしてくれた。凪が寂しがっていたのは本当だけど、俺もそうだとは照れ臭くて言えなかった。
「「「いただきます!」」」
数日ぶりに夕飯を一緒に食べた。イケメンの二人に囲まれて食べるご飯は自分が作ったとはいえ格別だ。静波君は今大学三年生だから来年は就活のために動き出すみたいだし、凪は中学三年生だから受験で忙しくなるだろう。一緒にご飯を食べる機会は案外もう少ないのかもしれない。
「そういえば静波兄ちゃん宛に荷物たくさん届いてたよ」
「ん?なんか買ってたかな」
「おいおい、大丈夫かそれ」
「灯君開けるの手伝って?」
「いいけど」
夕飯の後。皿洗いは凪がしてくれて、その間に静波君と届いた段ボール箱を開けていった。中からは大学の授業で使うであろう専門書や静波君がお気に入りのブランドの服が出てきた。
「え、これ買った覚えないの?やばくね?」
「ん~……何だろこれ……あぁ!VIJUで欲しいものをリストで公開してって言われてたやつか!」
「何それ」
「SNSでね、欲しい商品ページのリストを公開できる機能があってね。それやってくれって頼まれたから、専門書とか入れてたんだよね」
「ってことは、これ静波君のフォロワーさんから?」
「そうだね」
「ええぇ……それって……」
ヒモでは?という言葉をこぼしそうになって何とか止めた。帆波さんは直接衣食住を提供してもらっているみたいだけど、方法が変わっただけで、これでは静波君もいずれ服だけでなく、食事や住むところもフォロワーさんからもらうようになってしまうのでは……。
「それって?」
「あ、いや……いや、静波君これは良くないよ」
「何で?」
「静波君にはちゃんと自立してもらいたいと思ってるから」
「ん?」
「静波君は魅力的だから、きっとみんなが何でもくれるようになるよ。でもそれは良くないと思う。静波君にはちゃんと自分で稼いで、自立して欲しい」
「父さんよりまともなこと言うね灯君は。灯さんって呼ぼうか?」
「ふざけないで静波君」
「あ、はい」
静波君の両肩を掴んで真剣に伝えた。俺の考え方は古いのかもしれない。でも俺の母さんは貢ぐ側の人間で、もはやプロのヒモである帆波さんと出会うまでは身の丈に合わない貢ぎ方をして、俺は相当辛い思いをしていた。帆波さんの前の旦那、つまり俺の父親は明らかに母さんに無理をさせていた。静波君がそういう男になるとは思えないけど、そうなる可能性があるものには敏感になってしまう。
「わかった、わかったよ灯君。リストは非公開にするから」
「はい」
「でもさ、実際生活に余裕があるわけではないでしょ?」
「……そうだね」
「じゃあさ、配信で稼ぐならいい?」
「配信?」
「そう、VIJUに配信機能あるからさ、視聴者数が増えれば広告収入も増えるし、企業案件とかも来て稼げるわけ。モデルの事務所からも勧められてたからちょうどいいかな~って。だめかな?」
「……まぁ、それなら」
「よし決まり!灯君も協力してね!」
「え?なんで俺も!?」
「じゃなきゃリスト公開しようかな」
「あ、ずる!」
「凪~!凪もだよ~!」
とっくに皿洗いを終えてリビングのソファでくつろぎながらこちらの様子を眺めていた凪がしれっと巻き込まれてしまった。
「わかった!」
「凪!お願いだから少しは反抗してくれ!」
「灯君、中学生にするお願いじゃないよ」
「静波君のお願いも大概だろ!」
「まぁまぁ」
静波君は俺の腕を掴むと、凪が座っているソファの前まで引っ張った。俺はソファの前に座らされ、ソファに座る凪が足で俺の肩を動けないように固定してくる。なんだこの兄弟の連係プレーは、とか思っていたら隣に座った静波君はスマホをポケットから取り出し、VIJUを起動していた。
「じゃあ早速配信しようか」
「え?今から!?」
「まずは家族を紹介しないと」
「静波兄ちゃん、自己紹介からじゃない?」
「それもそうだね。じゃあ俺から名乗るね。ほら配信開始するよ――」
そして冒頭に至る。
最初のコメントを投稿しよう!