親友動画編集中!

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親友動画編集中!

 初めての静波君の配信は開始数分にして千人ほどの視聴者数を超えていた。モデルのバイトをしているとはいえメディアの露出はまだまだ少ないはずなのに、こんなに人が集まるのか。未知の世界の出来事に焦る。 「――ということで、俺の大好きな兄弟の紹介でした~。短めだけど今日はこれでおしまいにするね。俺にして欲しいことがあったらコメントしてね。次回はとりあえず来週の土曜の夜にします。みんな予定明けといてね。ばいば~い」  企画も内容も考えず突発的に始めた配信で静波君は特に話すこともなかったのか、呆然とする俺を見て満足したのか、開始十分程度で配信を終了してしまった。配信ってこんなにめちゃくちゃでいいのか?と心配になりながらコメントを見ると、「もう終わり?寂しい」「またやってくれるの?」「またね~」など比較的好意的なコメントばかりで安堵した。ただし急に始まった配信のせいで俺が心臓に悪い思いをしたのは変わらない。 「静波君!急に何してんの!」 「カメラの外ではすぐケンカなんて……視聴者の皆が知ったら悲しむよ?」 「配信者の鏡だな!そんで配信者の気持ちになるの早ぇな!」 「静波兄ちゃん、来週は何するの?」 「そうだねぇ。コメント見ながら考えようかな」 「うぅ。まだ続けるつもりなのか……」  俺は頭を抱えた。積極的にSNSで発信なんてしないから、さっきまでこのスマホのレンズの向こうに千人もの人の目があったと考えると少しだけ恐ろしくなっていた。静波君はうなだれる俺の頭を撫でながら語りかけてきた。 「灯君。あのさぁ、俺は来年就活だし、凪は受験生でしょ?」 「うん」 「来年からはこれまで以上に一緒にいる時間は減ると思うんだよ」 「……そうだね」 「だからさ、とりあえず来年までを目途に配信していくのはどう?家族のコミュニケーションとしてさ。会話も増えると思うよ?」  静波君の表情は穏やかだった。確かに前より明らかに兄弟での会話は減っていた。配信がきっかけになるなら続けてもいいかもしれないと思ってしまった。何より静波君が俺たち兄弟のことを考えてくれていたことに心がじんわりと温かくなる。 「灯にぃちゃん、俺も協力するからさ」 「凪は学業に専念しなさい。静波君の配信は……様子見します」 「灯君は真面目だねぇ」  静波君が俺の肩にもたれかかってきた。凪も背中からくっついてきているから、体まで温かくなってきた。心地が良いぬくもりを感じ、眠気に誘われる。まずい、明日の英語の宿題がまだ残っているというのに。このままでいたい気持ちと直前に凪に勉学に励むよう諭した手前、宿題をやらなければいけないと思う気持ちがせめぎ合う……もういいや、明日雫に宿題を見せてもらえばいいか。たぶん叱られるけど、それでも構わない。今はただ、このゆったりした時間を過ごしていたい――。 「ねぇ灯君」 「何?」 「……大学の課題が終わってないんだけど手伝ってくれる?」 「自分でやれ!」 *  翌日の学校での昼休み。結局雫に叱られながらも英語の宿題を見せてもらった。お礼をねだってくるのを見越して弁当のおかずを多めに入れておいた。いくらでも奪ってくればいい。案の定コンビニでおにぎりとカップスープを買ってきた雫は俺のおかずをこれでもかと食べていた。 「いつもより弁当箱でかくねぇ?」 「気のせいだろ」 「灯……宿題忘れたの嘘だろ」 「今日の卵焼きも美味いナァ」 「お前演技へったくそだな」 「……すみませんでした。忘れてたんじゃなくてやりませんでした」 「まぁいいけど。何かあったか?」 「静波君が配信するって言いだしてさ――」  俺は昨日あった出来事を説明した。静波君にヒモになってほしくないが故に、なくなく配信を許可したこと。そしてそれに巻き込まれたことを。 「千人!すげぇな。最初だから見たやつも多そうだけど」 「そういうものなのか」 「つまんなかったらすぐ減るよ。いくら顔が良くてもな」 「何でだよ!良い顔はずっと見ていたいだろうが!観葉植物みたいにただそこにあるだけで良いだろうが!」 「キモイぞ灯。落ち着け」 「雫だって黙ってればずっと見てられるぞ!」 「は、はぁ?……な、何言ってんだお前!……いや待てオイこら。黙ってればは余計だな?」 「何照れてんだ雫。やっぱお前俺のこと好きだろ」 「はぁあ!?調子乗るんじゃねぇよ!」    雫は持っていた箸を思いっきり俺の腕に刺してきた。いってぇ。しかし千人も来たのは初めてだったからなのか。なら次からはちゃんと内容を考えたほうがいいんだろうな……ってなんで俺は配信に前向きになってんだ。 「あ、そんなことより雫」 「あぁ?何だよ」 「動画編集ってやったことある?」 「何で」 「静波君がVIJUに動画あげたいって言ってて」 「別にスマホでも簡単にできるだろ」 「俺やったことない」 「そもそも静波さんが動画取りたいんだろ?何でお前がやるんだよ」 「大学の課題とバイトで忙しいって言うから手伝おうかと思ってさ」 「ふーん……別に教えてやってもいいけど」 「マジか。さすが俺の親友」 「都合よく親友にするんじゃねぇよヴァーカ」 「雫はヴァの言い方がネイティブだな」 「何言ってんだバーカ」  たくさん弁当のおかずを餌付けたおかげで雫が動画編集を教えてくれることになった。たくさん悪態もつかれたが、雫なりの愛情だと都合よく受け取ることにする。明日は土曜日で学校も休みだから、俺は雫の家で遊ぶついでに動画や配信についても聞くことにした。  昨日の配信で思いのほか精神的にダメージがあったのか、午後の授業はうたた寝しながらも何とか乗り切った。帰宅後は凪と二人で夕飯を食べる。静波君は不在にしていて、ちょうど俺が寝ようとした直前に玄関のドアが開く音がした。静波君が帰ってきたようだ。確か飲み会に行くと連絡が入っていた気がする。酔いつぶれてないといいけど。念のため玄関へ迎えに行った。 「静波君おかえり」 「やぁやぁ、おかえり灯君」 「そこはただいまでしょ。酔ってんの?」 「う~ん、少しだけ」  静波君は酒が飲める年齢になったばかりだ。少し紅潮した頬といつもよりふにゃふにやとした話し方が何だか色っぽい。一緒に飲んでたであろう姿の知らない奴らのことを羨ましく感じた。俺は静波君を支えるように肩へ腕をまわす。凪は明日友達と出掛けるらしく、既に寝ていたから起こさないように慎重に静波君の部屋まで運んだ。静波君の部屋の電気を点けると静波君は俺の腕から離れ、ベッドにダイブした。静波君の部屋はモノクロを基調とした家具でまとめていて大人っぽい雰囲気。 「灯く~ん。子守歌お願~い」 「さっさと寝てくれ。酔っ払いめ」 「灯く~ん。こっちきて」 「はぁ、何?」  ベッドに仰向けに寝る静波君の顔の横に片手をついて近づくと、腕を引っ張られ静波君の腕の中に閉じ込められた。 「ちょっ、何してんの!?」 「ん~」  離れようとしても酔っぱらっていて加減が出来ていないのか、すごい力で抱きしめられていた。全然体が動かない。鼻を抜ける静波君の良い匂い……じゃない。未成年の俺には分からないお酒とタバコの匂いがダイレクトに鼻にくる。一人だけ先に大人になった静波君との年の差を思い知らされて嫌になる。 「静波君、離して」 「……どうしたの灯君」  俺は不機嫌さを隠さず静波君に声をかけた。静波君はそんな俺の声色の異変に気付いて優しく声をかけてくれる。 「お酒臭い。あとタバコ臭い」 「服に消臭剤かけて来たんだけどな。ごめんね」 「謝るなら腕解いて」 「……灯君は良い匂いするね」 「しないよ……もう」  こっちは叱ってやりたいのに、静波君に甘えるような声でしがみつかれると、そのままでいるしかなかった。 「静波君、明日俺出掛けるから」 「ん、誰と遊ぶの?」 「雫」 「あぁ、あの仲良いって言ってた子か」 「うん、今度紹介するよ」 「わかった……灯君、おやすみ」  静波君が寝落ちした後、ようやく静波君の腕から逃れた俺は少しだけ名残惜しい気持ちを抑え、その場を離れた。 * 「で、素材は」 「ちょっと待って。あ、これ。見てくれよこの静波君!」  土曜日の午後。俺は雫の家にいた。雫の部屋は壁に絵が飾ってあったり、棚に何をモチーフにしたかもわからないオブジェが置いてあったり。芸術に理解のない俺には分からないがセンスの良い部屋ってこういう部屋を指すのだろうな、と思わせる雰囲気と雫らしい個性があった。  部屋に入るとさっそく動画編集の話をする。静波君が前にきまぐれで時短スイーツとか言ってチーズケーキを作ったことがあって、その時俺は動画を回していたのだ。 「エプロン姿!最高だろ!」 「お前の趣味なんて聞いてねぇから……VIJUにあげるには長いな。見てらんないわ」 「そうなのか。俺は飽きないけど」 「お前はな……んー……工程はダイジェストにして、レシピはテロップを作って……最後はカメラ目線で締めてー……」  俺のスマホを雫にいじらせると着実に動画が洗練されていくのが素人の俺でも分かった。何だかんだ俺に優しい雫は淡々と編集を進めていく。 「おぉ。すげー」 「感心してないでやり方覚えろよー」 「え!ちょっと待て!メモしてなかった!」 「見て覚えろめんどくせぇ」 「天才型の雫とは違うんだよ、ちょっと待てって」  ちゃんと画面を見ようとスマホを覗き込むとのけぞる雫。 「あ、離れるなよ。見えないだろ」 「お前ら近いんだよ!」 「何だよ今更……お前ら?」 「あ」 「何だよ“ら”って。誰の事言ってんだよ」 「ただの言い間違いだよ気にすんな」 「嘘つけ、あって言っただろうが」  雫はごまかすけど絶対に何か別の意味があると思った。それが面白くなかった。知り合ってからまだ一年ちょっととはいえ、一番仲が良い自信があった。雫は渋々と言った表情でつぶやいた。 「……お前の兄貴」 「は?静波君?会ったことないだろ?」 「動画の話だよ!見ながら話してたから!」  あぁそういうことか。確かに動画のなかでの俺と静波君の距離は近く見える。静波君はいつも距離が近いからいつものことだと思っていた。そして俺も静波君の影響を受けてか、雫との距離が近くなっていたようだ。 「悪い悪い。まぁ気にすんなって」 「ったく」  結局雫の肩からのぞくようにしてスマホの画面を見た。 「雫も良い匂いするな」 「……もって何だよ。てかきめぇ」 「静波君も超いい匂いすんだぜ」 「変態かよ」 「誰が変態だ。嗅いでる訳ないだろ。勝手に香りが来るのが悪い。つまり雫と静波君が悪い」 「責任転嫁すんな」  雫はシャンプーやら香水やら自分の体に付けるものの香りはこだわりがあるらしく、いつもいい匂いがする。雫の部屋も良い匂いだからか、今日は特に良い匂いがする。何の匂いかは分からない。たぶん何かの花。静波君だったら俺と違ってパッと言い当てられるのに。 「あ!そうだ。家族に雫のこと紹介しようと思ってたんだった。今度うち来いよ」 「今の流れで思い出してんじゃねぇよ。いい匂いのする友達ですって紹介すんのか?」 「そんなこと言ったら静波君が雫の匂い嗅ごうとくっつくだろ。させねぇぞ」 「別にされたくねぇよ!冗談真に受けんな」 * 「まぁこんなもんだろ」 「はぁ~!!やっと完成したー!!」  その後雫の隣に座り、話し合いを重ねながら数時間かけて一分の動画を完成させた。 初めてだから時間がかかってしまった。それにこれはこだわり出すとキリがない。恐ろしい世界だ。   「てかこの動画さ、改めて見て気付いたけどなんか恋人目線で楽しめて最高じゃね?」 「楽しみ方がオタク過ぎんだよ」 「あぁ~なんか公開したくなくなってきた~」 「せっかく作ってやったのに」 「いやそうなんだけどさ」 「……俺だけの静波君ってか?」 「それはそう」 「はぁ、厄介なオタクが身内にいるな」 「うぅ~でも静波君に頼まれたことだし……俺はどうしたら」 「言ってやればいいだろ。俺だけの静波君でいて~って」 「それはキモいだろうが!」 「自覚あるみたいで良かったよ」  とりあえず帰る間に何とか公開しなくていい道を模索するしかないか。静波君の料理も出来てしまう完璧さを世間に知らしめてやりたい気持ちもあるが、今回のチーズケーキを作る動画は、静波君が俺と凪と一緒に食べるために作ると言うから思い出として撮った動画だった。俺ら兄弟の思い出を知らない誰か大勢に見せるのは何かもったいない気がしていた。 「てか灯、もう17時だぞ。家は大丈夫か」 「マジか。帰って凪の夕飯作らないと」 「兄兼主夫は大変だな。頑張れよー」  俺は立ち上がり家に帰る支度をした。ついでに勉強も見てもらおうかと企んでいたのに、動画編集だけであっという間に時間が過ぎていた。 「雫。今日はありがとな……そうだ、何かお礼しないとな。何が良い?」 「お礼か……」 「あ、このチーズケーキ作ってやろうか?」 「んー……静波さんのレシピだろ?嫌だよ」 「何でだよ。静波君はケーキだけじゃなくてスイーツ全般超美味いぞ?」 「はぁ……散々お前の兄貴の動画見続けた上に兄貴が考えたケーキまで食えってか?」  せっかくケーキ作りに乗り気だったのに。雫は全く乗り気でないようだ。むしろ不貞腐れていく。甘い食べ物は好きなくせに。 「何だよ。何が気に食わないんだよ」 「わかってたけどさ……せっかく二人きりだったのに」 「ん?何?最後聞こえなかっ「あぁ!もう!」……」  俺の言葉を食い気味で遮り、雫は勢いよく立ち上がると俺の着ているパーカーの胸倉を思いっきり掴み、引き寄せた。急なことでバランスを崩した俺は何とか踏ん張り、雫の顔の目の前で止まった。 「急に何だよ!危ないだろ!」 「お礼だろ!?今もらってやるよ!」 「は?何言って――」  雫は更にもう一度俺のことを引き寄せた。雫との距離がゼロになる。 「……ほら、夕飯作るんだろ。さっさと帰れよ!」 「はぇ?」  もらったというより、奪われたと思うのですが!
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