義兄反抗中!

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義兄反抗中!

 気が付くと家に着いていた。帰り道の記憶はない。そして気が付くと晩御飯が出来上がっていた。料理中の記憶もない。染みついた習慣のおかげで家まで帰ってこれたし、家事もこなせていた。 「灯にぃちゃん帰ってからずっと口開いてるけど大丈夫?」 「あぁ」 「ねぇ、ご飯こぼしてるよ」 「あぁ」 「……静波兄ちゃん結婚するってさ」 「あぁ……あぁん⁉」 「嘘だよ。やっと元に戻った」  凪との食事中にようやく雫との出来事で呆けていた俺の意識が戻った。俺の様子が余程おかしかったのだろう。凪はほっとしているようだった。 「どうしたのボーっとして」 「いやぁ。今日は衝撃的なことがあって……」 「何があったの?」 「いやいや、凪にはまだ早い」 「えー。すぐ子ども扱いする」 「俺くらい大人になったら教えてやる」 「ご飯こぼすような大人?」 「言うじゃねぇか。何だぁ?反抗期かぁ?」 「もう。何で嬉しそうなの……ごちそうさまでしたー」  凪は呆れたように返事をするとさっさと自室へ戻っていった。凪も今日は友達と遊ぶと言っていたから話を聞きたかったのに。いや、普通の中学生はいちいち遊んだ内容なんて聞かれたら嫌か。いやいや、父親にならそうかもしれないが、俺は兄だし聞いても大丈夫か。いやいやいや……。 「ただいま灯君。何難しい顔してるの」 「おわ!おかえり。早かったね」  気付けば静波君が帰宅していた。凪との接し方を考えていたらいつの間にか帰って来ていたらしい。いつもは玄関のドアを開ける音で気づくのに。 「凪は?」 「部屋」 「そう。昔は玄関までお出迎えしてくれたのにねぇ」 「凪ももう子どもじゃないんだよ」 「寂しいね。じゃあもう灯君も子どもじゃないんだ」  静波君が俺の顔をのぞくようにして言ってきた。不意に顔が近づいてきたことで雫とのことを思い出してフリーズした。 「灯君?どうしたの?」 「え⁉あ、いや何でもないよ!あぁほら、ご飯準備するから!」  勢いよく立ち上がり、明らかに挙動不審な俺を静波君が首をかしげて見つめてくる。俺はごまかすように見て見ぬふりをして晩御飯の準備をした。 * 「さて灯君。何があったのかな?」  当たり前だが全くごまかせていなかった俺は就寝前に静波君に自室のベッドの上で尋問されていた。 「何でもないよ」 「隠し事はよくないね。凪も様子がおかしかったって言ってたんだよ?」  心配そうに言われても、親友だと思っていた雫に唇を奪われました、なんて静波君に言える訳がない。自分でも何も整理がついていないのだから。沈黙を貫く俺に対して静波君は何か考えが浮かんだようだった。 「そういえば灯君。今日は仲良しの子の家に行ったんだっけ?」 「そうだけど……」 「さてはその子と何かあったね?」 「う……」 「わかりやすいね灯君は……言えないことかな?」 「えっとぉ……」 「無理に言わなくていいよ。でもそれが灯君にとって良いことか悪いことだったかは知りたいかな」  俺は言葉に詰まってしまった。良いか悪いか……とりあえず嫌ではなかった……と思う。たぶん雫は俺に好意的なんだと思うし。それは嬉しい。なら良いことかと聞かれると、これからの雫との関係がどうなってしまうのか。そこが不安だった。今のところ連絡は取っていない。次に学校で顔を合わせた時、雫はどんな反応をするのだろうか。そして俺自身も、どんな顔をして会えばいいのだろう。 「灯君?大丈夫?」 「……大丈夫。ありがとう心配してくれて。でも本当に大丈夫だから。マジでやばかったらちゃんと相談する」 「……わかった。じゃあ今日はもうお休み」 「うん、おやすみなさい」  まるで子どもをあやすみたいに、寝かしつけるみたいに、静波君は俺の頭を撫でると部屋を出て行った。静波君は俺のこと、子どもだと思っているのだろうか。 「嫌だな」  思わずこぼれた本音は静波君に届くことはなかった。 * 「よぉ灯。結局動画どうした?」  休日明けの初めての学校。教室に着くと雫に話しかけられた。普段通りの態度で。それが何故だか嬉しくもあり寂しい気もした。 「忘れてた!でもまぁいいや」 「よくねぇだろ。俺の労力返せ」 「はぁ?だってお前……」 「なんだよ」  お礼もらってっただろうが。と言いかけて止めた。俺がそんなこと言ったら俺の唇がお礼として存在してしまうじゃないか。てか何で俺がこんなに雫に対して思い悩まなければいけないんだ。 「何でもねぇよ!」 「何でキレ気味なんだよ」 「お前が悪い!」 「あぁ?急に何だよ」 「俺が聞きてぇよ!」  むしゃくしゃして雫のきれいに整えられた髪型をぐしゃぐしゃにするように掴んだらめちゃくちゃ怒られた。 * 「そういや静波さん結局配信何すんの」 「え?あぁそういや今週またやるんだった」 「何だよ興味ねぇの?珍しいな」  誰のせいだよ!という言葉を飲み込む。週末は雫のことばかり考えていたのだ。昼ご飯を呑気に食いながら聞いてくる雫がもはや恨めしくなってきた。 「てかいつ静波さん紹介してくれんの?」 「へ?別にいつでもいいけど……どうした急に」 「一回くらい挨拶しておいたほうがいいかなって。弟君にもさ」 「そんな律義な……もしかして俺のおかげか?」 「何がだよ」 「俺が兄弟たちの魅力をようやく伝えられたのかなって」 「……きっしょ」 「小さい声で言うな!ガチっぽいから!」 「っぽいじゃねぇけど。それより、いつでもいいなら土曜でいいか?」 「いいけど。配信あるから夜までには静波君いると思うわ。夕飯食いにくるか?」 「お、じゃあアクアパッツァがいいな」 「あ?そんな料理知らねぇ。もっと簡単なの言えや」 「何だよ。もてなせよ」 「図々しいなぁオイ」  普段通りの会話に安心する。しかしあまりにも変わらない雫の態度にあの出来事は夢だったのかと思えてくる。現実だとしてもあれは何だったのか。聞きたいけど雫から答えを聞いたところで、俺は返事も心の準備も用意出来ていなかった。 *  そして約束の土曜日。夕方に雫がやってきた。凪はリビングで夕飯の手伝いをしてくれていて、静波君は部屋で配信の準備をしているらしい。内容は教えてくれなかったから後で問い詰めるつもりだ。 「こんにちは。片桐雫です」 「凪です!」 「よろしく凪君」 「おい待て。誰だお前」  雫は俺には見せないような胡散臭いキラキラとした笑顔で凪に話しかけていた。 「灯?何か?」 「随分と行儀が良いじゃねぇか」 「凪君は良い子だと聞いているからな。当たり前だろ」 「灯にぃちゃんも良い子だよ?」 「へぇ?家では行儀良いんだなぁ?灯にぃちゃん?」 「呼び方やめろ」 「君が雫君?」  いつも通り言い合いをしていたらいつの間にか静波君がリビングに顔を出していた。 「あ、はい。片桐雫です。いつも灯のお世話をしています」 「そこはお世話になってるじゃねぇのかよ」 「ごめんな灯。俺嘘つけねぇんだ」 「よろしくね雫君」 「よろしくお願いします。えっと、静波さんで良いですか?」 「どうぞ。ゆっくりしていってね」 「はい!」    相変わらず胡散臭い笑顔で静波君に応対する雫。だが悔しいことにただ挨拶をしているだけなのに美青年の二人は絵になる。 * 「静波さんはこの後配信で何するんですか?」 「知りたい?配信までのお楽しみにしようかと思ったんだけどな」  四人で囲む晩御飯。雫が俺の聞きたかったことを聞いてくれたけど、静波君に焦らされた。そうそう、結局夕飯はアクア何とやらではなくて、ただのハンバーグ。 「ダメだよ静波君。俺の許可なしに配信するなんて」 「えぇ?どうして灯君の許可が必要なの?」  不思議そうにしている静波君。正直何をするか分からない状態の配信は怖い。絶対に無理。 「当たり前でしょ。何しでかすか分からないし」 「灯にぃちゃんは過保護だからね」 「そうだよ灯君。俺だってもう大人なんだから大丈夫だよ」 「大学生がSNSでよく炎上しているって聞きました!だからダメ」 「聞いただけかよ。てかハンバーグうま」 「雫は黙ってろ。でも感想はもっと言え!……とにかく先に話は聞かせてもらいます!」 「しょうがないなぁ……じゃあ後で部屋来てよ」  なんとか静波君を説得して、生配信前に何をするか教えてもらえることになった。その後は雫が俺の学校での様子ばかり話すから恥ずかしくてたまらなかった。 「灯の絵見たことあります?本当にひどくて」 「雫が教えてやるって言うから同じ授業取ったのに全然教えるの上手くないんだよ」 「下手って範疇超えてんだよお前の絵は」 「味わいがあるって言え!」 「下手な奴って個性的とか味があるとかで逃げるよな」 「うるせー」 「二人は仲良しだねぇ」  凪と静波君はニコニコと俺らの話を聞いてくれていて。何だかんだ楽しい時間を過ごした。  晩御飯の後は雫が持って来てくれたケーキを食べた。雫も静波君も甘いものが好きだから話が合うようだった。俺には聞き取れないフランス語だか英語だかも分からない単語の羅列のお店の名前を言い合っている。最近はケーキを買う店もケーキの名前自体もおしゃれ過ぎて耳に馴染まない。こういうことを言うと雫にジジィ扱いされるから二人の会話には混ざらず食器を洗うことにした。 * 「じゃあそろそろ帰ります。静波さん、配信楽しみにしてますね」 「うん、ありがとうね雫君。またおいで」 「はい、凪君もまたね」 「ばいばい雫君!」  雫が帰る頃にはすっかり静波君と凪と仲良くなっていて俺はその光景に嬉しくなっていた。去り際に「ニヤニヤしててキモイぞ灯。じゃあな」と言われるまでは。 「あの野郎……」 「本当に仲良しなんだね」 「今の聞いて本当にそう思うか?凪」 「うん」  凪の笑顔に免じて次会うときに髪をぐしゃぐしゃにする刑には処さないでやろう。仲良しだからな。 「それじゃあ灯君。部屋おいで。説明するから」 「あ、うん」  配信の内容を説明してくれる約束を覚えていてくれた静波君の後ろをついて行き、部屋に入るとそこには大量の服が置かれていた。 「え、散らかってんじゃん。このまま配信すんの?」 「うん。一応モデルだし、生着替えでもしようかなって」 「生着替え⁉何それ⁉ダメでしょ!」 「やだなぁ灯君。何慌ててるの。いやらしいこと考えてる?」 「俺は考えてないけど!でもだってそれは受け取る側の問題だから!絶対ダメだって!」 「それはさておき灯君。雫君の前だと随分とお口が悪いようだね」 「え?何急に。いやまぁ……雫はもう付き合い長くなってきたし……」 「俺の方が付き合い長いのに」 「凪もいるし、教育に良くないかなって思って」 「ふーん」  何か面白くなさそうな静波君。話を逸らされたけど生配信まで時間が迫っている。このままではまずい。 「ともかく!生着替えなんてダメだって!」 「雫君には心許してるんだねぇ……」 「雫は今関係ないでしょ!」 「兄ちゃん妬いちゃうなぁ」 「何言ってんの!」  全然話が通じてる気がしない。何だかんだいつも俺の言うことを聞いてくれる静波君がこんなに反抗的なのは初めてで戸惑う。 「静波君、どうしたら配信止めてくれるの……」 「雫君にされたこと、兄ちゃんにしてくれたら止めてあげるよ」 「え?」  雫にされたこと?それって……いやまさか。   「な、何のこと?」 「灯君は本当にわかりやすいね。今ので大体想像ついたし……今日も宣戦布告?って感じなんだろうね」 「え、マジで何のこと……」 「灯君はわかりやすくて鈍いよね。そこが好きなんだけどさ」 「はい⁉」  静波君とこんなに会話がかみ合わないことがあっただろうか。宣戦布告ってなんのこと?混乱する俺を置いて静波君は勝手に話を進め、勝手に納得している。   「これ以上困らせてもしょうがないし。今日は勘弁してあげるよ」 「んん?よく話がわかんないんだけど」 「あのね灯君。生着替えって言っても着替えるところは写さないよ。これで安心した?」 「えぇ……最初からそう言ってよ……」 「だって灯君全然話聞かないから」 「……ごめん」 「慌ててる灯君かわいかったなぁ」 「絶対わざと言わなかったでしょ!」 「ごめんごめん」  静波君はいつもの少しおどけた雰囲気に戻って、「じゃあ服並べるの手伝って」と言うので手伝った。配信中もスムーズに着替えが出来るように脱いだ服をどかす役割をした。 「――ということでプチファッションショーでした!来週も配信するからまた来てね」  配信はおおよそ千三百人程度が見ていた。雫に減るのではと言われていたけど初回より視聴者数が増えていてひとまず安心する。静波君も前より配信だけでなく写真の投稿頻度を増やしていた甲斐があったようだ。 「お疲れさま静波君」 「ふぅ~。男のファッションショーなんて需要あるのかと思ったけど、意外と見てくれてたね」  いや静波君を見られるだけでありがたいだろうが!と言いたいところだけど我慢した。 「モデルの仕事の話もしてたし、聞いてても面白かったよ」 「ありがとう灯君」 「次はどうするの?」 「スキンケアの話でもしようかなぁ」 「スキンケア?男が?」 「案外悩んでる子は多いんだよ。肌まで頑丈な灯君には分からないだろうけど」  俺の両頬を両手でぐりぐりと撫でまわしながら楽しそうにしている静波君。そういえば凪も敏感肌が云々って言ってたような。それよりも。   「いつまで触ってんの」 「灯君が嫌がるまで?」 「じゃあ一生すんの?」 「一生ねぇ……誓ってくれる?」 「いやそんなおおげさな」 「えー……灯君は思わせぶりだよねぇ」 「え⁉何でそうなるの⁉」 「はぁ……まったく。もう良い子だから寝なさい」 「子ども扱いしないでよ」 「じゃあ大人にしてあげようか?」 「は?」  静波君がニコニコしながら言ってきて。顔を近づけて来るものだから俺はフリーズしてしまった。 「はは!冗談だよ!早く寝なさい」  静波君は呆然としている俺の頭をわしゃわしゃと撫でると、シャワーを浴びると言って部屋を出て行ってしまった。一人取り残される俺。 「はぁ⁉」  数秒後、言われた意味を理解して、でもからかわれていたことも理解した俺はただ大きな声をあげることしか出来なかった。
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