義弟看病中!

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義弟看病中!

 怒涛の春が終わる四月末。兄である静波君と親友である雫に振り回されてちゃんと様子を見れていなかったのだと思う。 「凪。大丈夫か?」 「熱が出ただけ……風邪とかじゃないから」  いつの間にか疲れがたまっていたのだろうか。凪の体調の変化に気付いてやれなかったことを悔やむ。熱を出して学校を休む凪を午前中は大学の授業がない静波君が看病をしてあげることになり、俺はいつも通り学校へ向かうことになった。 「あぁああ!心配!」 「うるせぇなぁ」  朝から嘆き、体育の授業中もマラソンをしながら嘆く俺に呆れる雫。 「ダメだ。どうせ授業に集中できねぇ。昼に早退するわ」 「今元気いっぱい走ってるだろうが」 「弁当やるから協力してくれ」 「せんせぇー!水瀬君が具合悪いんで保健室連れて行きます!」 「はえぇよ!」  雫に連れられて保健室に行く。保健室の先生は不在で二人きり……なんてベタな展開はなく、先生に具合を聞かれて俺は何も考えていなくてしどろもどろになった。雫がため息を吐きながら理由を適当に話してくれて、何とか早退できるようにこぎつけてくれた。 「凪ぃ……?」  大急ぎで家に帰り声をひそめて凪の部屋のドアを開けて様子を伺う。 「うわぁ!灯にぃちゃん⁉」 「おわ!びっくりした!」 「何で家にいるのさ。まだ昼過ぎだよ?」  凪は起きていてリビングに居たらしい。物音がして部屋に戻ったら俺がいたようで驚かせてしまった。 「凪が心配で」 「本当に過保護だなぁ」 「それより熱は?」 「もう大丈夫だよ」  凪の部屋で話を聞いた。熱は下がったみたいだが、いつものような元気はなかった。体調面が問題ないということは……。 「もしかして何か悩みでもあるのか?」  凪は目を逸らし黙ってしまった。俺は幸運か鈍いおかげか中学生時代にたいした悩みなんてなかった。そんな俺が力になれるか分からないが、力になりたい気持ちは誰よりもある。 「兄ちゃんに言ってみないか?言うだけで楽になることもあると思うぞ?」 「……小学校から仲良かった蓮(れん)君いるでしょ」 「あぁ」  蓮君とは凪の同級生で親友の男の子だ。会ったことがあるが少年野球をしていて黒い短い髪の毛と焼けた肌が健康的な男の子だったと思う。去年は俺が受験で忙しかったのもあって最近は顔を見ていない。 「そういえば最近見てないな。何してるんだ蓮君は」 「今は野球部で二年だけどキャッチャーでレギュラーなんだよ」 「すごいな」 「そう、それで身長も僕よりずっと高くて、かっこいいんだ」 「へぇ、また会ってみたいな」 「僕もそうしたいんだけど……その、僕さぁ、告白されたんだよね」 「え⁉蓮君に⁉」 「違う……別の人」 「あぁそう」  凪が告白されることは正直驚くことはなかった。中学生だしな。静波君は小学生の頃から告白されまくってたらしいし。    「告白がね、先輩の生徒会長からだったんだけど、断っても諦めてくれなくて……」 「それで悩んでるのか?」 「ううん。でもどうしようとは思ってるけど。で、そしたら生徒会長が『好きじゃなくてもいいから』って。悪い人じゃないんだよ。勉強も運動も出来るし魅力的だし。だからとりあえずデートしてみる?って話になって」  羨ましい。俺だって凪と遊びに行きたいのに。今週のゴールデンウィークに出掛ける予定だったのに凪が他の子と遊ぶからって断られたのに……ん? 「待て凪。ゴールデンウィークに俺より優先した用事ってそいつか?そうなのか⁉」 「ごめんにぃちゃん。でも後にして」 「ごめん……続けて」 「その話を蓮君にしたら急に抱きしめられてさぁ……『俺以外のとこ行くなよ』って言われて……その、これって……そういうことだよね?」 「マジか……」  親友から急に好意を向けられたってことだよな?それって今の俺の状況と似ている。 「蓮君の気持ちは嬉しいんだけど、でもどうしたいかって言われると困っちゃって。もちろん好きだよ?ずっと親友だと思ってるし。でもじゃあ付き合おうとかそういう話になったらどうしようとか考えたら分かんなくなっちゃって……それで気付いたら熱出た」 「そうだったのか」  俺も雫のことを考え込んでいたが熱までは出なかった。凪のほうが真剣に向き合っているような気がした。 「今日もね、休んでるの自分のせいだと思ってるみたいで、連絡くれて。『俺のせいだったらごめん』て。だからちゃんと嫌じゃないよって、大切に思ってるよって伝えたいんだけど……」 「いいんじゃないか?俺なら嬉しいと思うよ」 「でも伝えるだけって無責任じゃないかなって……」 「そうか?じゃあ凪は明日から何もなかったように振舞うつもりなのか?」 「なかったことにはしたくない……と思う。でもそれって都合良すぎない?」 「それも含めて全部伝えたらどうだ?気持ちは嬉しい。でもこれからの関係性については一緒に考えたいって。それに蓮君の気持ちも今の話だけじゃ全部分かった訳じゃないしな。熱が出るくらい真剣に蓮君のことを考えた凪の気持ちは、きっとちゃんと伝わると思うよ」  まるで自分にも言い聞かせるように凪に話した。俺、雫とのこと、なかったことにしようとしているんじゃないか。ちゃんと話したほうがいいのではないか、と。 「そうだね……まずは今の気持ち伝えて、とことん話し合ってみる。ありがと灯にぃちゃん。話聞いてくれて」 「おう」  眩しい凪の笑顔にひとまずほっとした。凪はいつも家族のことを気遣ってくれる優しい弟だ。凪ならきっと、どんな形であれ蓮君と良い関係でいられると俺は信じていた。 *  五月。ゴールデンウィーク。そして配信のある土曜日。凪は蓮君と話すために野球部の練習を見に行った。凪が笑顔でいられる結果を祈りながら、俺自身も雫と向き合うために行動を起こすことにした。 「今日配信あんだろ?いいのか俺んち泊って」 「あぁ。今日は手伝い要らないってさ」  今夜は雫の家に泊めてもらい、ゆっくりと話をしようと思っていた。アクアパッツァとかいうおしゃれ料理を晩御飯に振舞ってもらって、今度家でも作ろうと思って作り方も教わった。今は静波君の配信前に雫の部屋でだらだらとしているところだ。   「何すんの?」 「肌の保湿がどうこうって話するって」 「へぇ、スキンケアかな。確かにお前要らないな……良い意味で」 「何だぁ?その意味深な良い意味でって。もしかしてバカにしてんのか?」 「肌が無駄に綺麗だけど別に何も気をつけてないんだろ?参考にもならねぇ一番ムカつくやつだから出なくていいんだよ」 「無駄にって何だよ。結局褒められてんのか分かんねぇ」  雫が笑いながら座っていたベッドから、寝るために敷いてもらった俺用の布団に降りて、それから俺の頬を引っ張ってきた。「やっぱ無駄に綺麗」って。近づいて来た俺より綺麗な顔に、いつもならしないのに、咄嗟に雫に対して緊張してしまった。そしてそれは雫にも伝わった。雫の顔から笑顔が消えた。   「何だよ……警戒すんなよ。もうあんなことしねぇって」  雫は俺の顔から手を放し、そして俺から離れて行った。雫はベッドに座りうつむいている。 「違うんだ雫、そんなつもりじゃ……」 「……いや悪い。俺が悪いよ。灯ごめんな」 「謝るなって。俺別に嫌じゃなかったんだよ。それをちゃんと伝えたくて……」  雫は顔を上げたが黙ったままで、俺の言葉を静かに待ってくれていた。 「それで、その……雫の気持ちが知りたくて」 「気持ちって?」 「雫がこのまま友達でいたいなら、俺もそうする。でも、俺と、その、この前みたいなことをする関係を望むなら、俺としては俺の気持ちも伝えたい……だから、雫の今の気持ちが知りたい」  しばらくお互い沈黙が続いた。今ならふざけてはぐらかして、無かったことにもできる。少しだけそんな考えがよぎっていた。雫との関係性が今までと変わるかもしれないことが、怖かった。でも雫だって俺にキスした後、ずっと怖かったんじゃないかと凪に蓮君の話を相談された後に考えていた。だから、ちゃんと向き合わないといけないと思ったんだ。凪には話合えといっておいて、兄である俺が実行しなくてどうする。  雫が深く息を吸って、長く吐いているのを静かに見つめていた。目が合って、その真剣な眼に、俺も向き合う覚悟を決めた。   「俺は……俺は、友達以上の関係になりたいとずっと思ってた。だからキスした。不意打ちで悪かったと思ってる。灯が、あの後も変わらず接してくれて嬉しかった」  雫の表情が言葉を続けるうちに段々と不安そうに変化していくのが、いくら鈍い俺でも簡単に読み取ることが出来た。 「雫……ありがとう。お前の気持ちは嬉しい。さっきも言ったけど、その、あれ、嫌じゃなかった。でもこれ以上の関係って雫だけじゃなくて、他の誰でも今は考えられないというか、全然想像出来なくて……ごめん、俺、自分が思っていたよりずっとバカで、子どもなんだと思う。でも雫のこと本当に大事に思ってるから、それだけは伝えておきたいんだ」 「灯……お前……マジで気付いてないのか……」  雫は俺の言葉を受けて何やら驚いてるようだった。 「何だよ気付いてないって。バカだってことか?分かってるって」 「ちげぇよ……いや、今はいいや。灯が俺のことちゃんと考えてくれたってことで、合格にしてやる」  雫の口調も表情もいつも通り俺をからかうような感じで、ちょっとムカつくけど、それが俺を安心させた。俺もつられたようにおどけて見せた。 「何だよそれ。上から過ぎるだろ」 「俺は灯よりずぅーっと大人で賢いからな」 「そんな大人で賢い雫に好かれる俺って天才なんじゃねぇの?」 「うるせぇ調子乗んな。好きだなんて言ってねぇだろ」 「あれ?……そういえば!え?もしかして体目的ってことか⁉」 「んなわけねぇだろバーカ!」  雫はベッドから足を伸ばして俺に蹴りを入れてきた。こいつ綺麗な顔してるけど、マジでかわいくねぇ。どうやり返してやろうかと考えていたらスマホから通知のアラームが鳴った。 「あ、静波君の配信始まった」  配信画面を開くと、ちょうど静波君が挨拶をしているところだった。画面には机と、静波君が使っているスキンケア商品と、それと。 「凪⁉」 「え、凪君出てんの」  雫がベッドから降りてきて、俺のスマホの画面をのぞく。画面では凪が静波君にスキンケア商品の紹介に付き合わされていた。ご機嫌な凪を見て、おそらく蓮君との話し合いが上手くいったことが感じられて、俺も思わず笑顔になったが、それどころじゃない。 「凪まだ中学生なのに……」 「でもチャット欄は大盛り上がりだぜ?『弟君カワイイ~』って」  確かに、チャット欄は凪のことを好意的に受け取っているようだった。視聴者数も前より増えている。 「俺の凪が世間に見つかってしまう……」 「相変わらずだな灯。大丈夫だ、お前のじゃないから……てかもういいだろ」  雫は俺のスマホを取り上げると、配信画面を閉じてしまった。 「何すんだよ」 「俺のこと大事なんだろ?ならスマホじゃなくて目の前の俺のこと見てろよ」 「はぁ⁉」  突然甘えたようなことを言ってくる雫に俺の頭の理解が追い付かない。いや大事だとは言ったけど。雫は本当に口は悪いだけど顔は良い。シャツの胸元を引っ張られ、綺麗な顔を急に目の前に付きつけられると、改めて顔の良さを分からされる。 「雫……さては俺のことすげぇ好きだな?」 「だから好きだなんて言ったことねぇだろ!」  さっきの甘い言葉が嘘みたいだ。ツンデレが過ぎる。 「なんでだよ!認めろよ!素直なほうがカワイイぞ?」 「素直に言ったら、言うこと聞くか?」 「はい?えーっと、それはどういう?」 「好きだ。好きだからキスしたい。でも親友でいたい」 「え?え?な、何だよ急に!」 「お前が素直でいろって言ったんだろ?責任とれよ」 「えぇ?ずる!」  俺よりずっと賢い雫に結局太刀打ちできないことを思い知らされる。大抵のことは言い負かされているのだ。俺はもう、近づいてくる雫の顔を受け入れることしか出来なかった。 「――やっぱり嫌だった?」 「……嫌じゃないけどさぁ……心臓に悪い」 「お前が気付くまで続けるから」 「だからそれなんのことだよ!」 「自分で考えろバーカ」  最後はこちらを見ることもなく、雫はさっさとベッドに戻り壁のほうを向いて寝てしまった。俺は言われた通り、雫に“気付け”と言われたことを考えたけど、結局分からなくて寝付けずにいた……わけでもなく、気付けばぐっすりと寝ていた。
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