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義父張込中!
雫と何だかんだ仲が深まり、静波君の配信も順調で凪と蓮君も仲良くしているらしく、俺にとっては穏やかな日々が続いていた。しかし不穏な出来事っていうものは突然やってくる。
「帆波さん?」
それは偶然だった。雫の家に遊びに行った帰り、特売のお知らせを見たせいで、いつもは寄らないスーパーへ吸い寄せられてしまった。そしていつもより遅くなった帰り道。いつも見かけない義父の姿を見つけた。久しぶりに見た義父の姿に自然と名前を声に出していたが、遠くて言葉は届かなかった。
帆波さんを家で見なくなってから1年経っただろうか。俺の母親が亡くなってしばらく経ってから家に居ることが次第に減って、ついには見なくなった。俺たち兄弟が学校に行っている時間に帰宅しているらしいが、顔を合わせないならそれは居ないのと同じだった。静波君に聞いても「あれはヒモをしているから気にしないで」と言われるだけで、笑ってはいたけどそれ以上は聞いてはいけない圧を感じて、それからは何も言わないでいた。
いけないとは思ったが気になってしまって後を付けた。買い物で重くなったエコバッグが邪魔だけど、それ以上に好奇心が勝ってしまった。
「たっか……」
帆波さんが着いた先は超が付くほどの高層マンションだった。ヒモだと聞いていたし、もしかして金持ちの恋人と住んでいるのだろうか。これ以上は夕飯の時間が遅くなってしまうから仕方がなく来た道を戻った。静波君に遅くなった理由を聞かれて上手くごまかせるほどの機転と演技力は俺にはなかった。
*
マンションの場所は覚えていたから、俺は翌日の朝からマンションを張り込むことにした。しかし帆波さんが姿を現すことはなかった。それから毎日放課後に張り込みをしたが、それでも帆波さんを見かけることはなかった。もしかして見間違いだったのかと、今日で最後にしようと思っていた瞬間。
「何してるの?」
「うわぁ!」
物陰からマンションを見ていた俺の肩を背後から突然掴んだのは、静波君だった。
「何でこんなところに!?」
「それはこっちが聞きたいよ。最近家帰るの遅いって凪から聞いたけど」
凪め。帰りが遅くなることは静波君には黙っておいてと言ったのに。
「えーっと……その、そ、そこのスーパーの特売狙ってて!」
「灯君。そんな目を泳がせて言っても納得しないよ?」
「いや、ほんと、たいした用事じゃないって!」
「それなら言えるでしょう?」
「てかもう済んだし?帰ろう静波君。ね!」
静波君の両肩を掴んで帰ろうとした矢先、最悪のタイミングで目的の人物は現れた。
「あれ?静波?」
静波君が年齢を重ねて、うんとチャラくしたような見た目をした帆波さんがそこにいた。
「灯君もいるじゃないか。久しぶり~元気だったか?」
静波君はこちらからでは表情は分からないが、体が強張っているのが掴んでいる肩から伝わった。帆波さんはヘラヘラと緊張感のない笑顔を浮かべている。
「あ、お久しぶりです。帆波さ、って、ちょっと!」
「帰るよ灯君」
静波君は俺の腕を掴むと帆波さんに言葉を返すこともなく歩みを進めた。帆波さんは先導する静波君の前に立ちふさがる。
「待てよ静波。こんな所たまたまいた訳じゃないんだろ?灯君、俺に用があったんじゃないのか?」
「え、あ、まぁ……」
「なら静波は帰っていいよ。灯君、久しぶりにご飯でも行こうか」
「灯君、こいつと話す必要なんてないよ。帰ろう」
イケメンとイケオジに挟まれて冷や汗が止まらない情けない俺。どちらも笑顔だけれど目が笑ってない。似たもの親子だと思ったけど言ったらどちらからも拳が飛んできそうだ。いやそんなこと今はどうでもいい。どうしよう、俺にはどちらかを選ぶことなんて……。
「さ、三人でご飯食べたいです!」
*
凪には申し訳ないがコンビニで適当にご飯を買って食べるようにメッセージを送って、俺と静波君は帆波さんが住んでいるというマンションの部屋へ招かれることになった。マンションの前で口論し続ける訳にもいかなかったからだ。
「ふへぇ……広い……」
アホみたいな声が勝手に出てしまうくらい、帆波さんが住む部屋は豪華だった。
「ソファでくつろいでな。今ご飯準備するから」
「あ、手伝います!」
「お、ありがとう灯君」
綺麗なシステムキッチンで食材を広げる帆波さんの横に立って手伝う俺と、帆波さんがくつろいでいいと言う前からソファに座って不機嫌そうにスマホをいじる静波君。静波君は俺が行くからと仕方なく付いて来たが、それから難しい顔をして何も言葉を発していない。
俺は凪のこととか、俺自身の学校のこととかを帆波さんに一通り話しながら料理を手伝った。帆波さんの同居人が和食が好きらしく、取り寄せたというサワラの西京焼きがメインだった。西京焼きは凪の分もお土産に持たせてもらって、俺と帆波さんの間には思ったよりもずっと和やかな雰囲気が流れていた。静波君の話になるまでは。
「静波の野郎、家の鍵変えただろ?入れなくてさぁ。ごめんな、全然顔出せなくて」
「え?」
そういえば静波君がだいぶ前に「防犯対策」とか何とか言って家の鍵を交換していた。特に疑問も持たず「そうなんだ」と言っていたが……そうか、帆波さんを家に入れないためだったのか。
「静波君、やりすぎじゃ……」
「そうなんだよ。俺が何したって言うんだ」
「何もしてないよ」
料理と帆波さんの話に気を取られていて、静波君が目の前にいたことに気付かなかった。静波君はただ真っすぐと帆波さんを見つめて、何の感情もない声でつぶやいていた。帆波さんは少し困ったように疑問を返した。
「じゃあなんでそんな冷たくすんだよ」
「何もしなかったからだよ……灯君の、俺たちのお母さんが亡くなってから、あんた、何もしなかったじゃないか。凪なんてまだ小学生だったのに」
三年前、俺の母親が亡くなった時のことを俺は正直よく覚えていない。ずっと体調は良くなかったから、覚悟はしていたのに、いざいなくなってしまうと不安だけが押し寄せた。あの頃がむしゃらに打ち込んでいたバスケ部も辞めた。静波君や凪、帆波さんに迷惑をかけたくなくて、捨てられたくなくて、平気なふりをして、自分の役割が欲しくて家事を覚えて、空いた時間は必死に勉強に励んで、高校は奨学金が給付されるところへ入学した。自分のことでいっぱいいっぱいだったから、その頃の帆波さんのことや静波くんとの関係のことも、小学生の凪のことも、ちゃんと見れていなかったように思う。
「それは……俺だって辛かったんだよ……」
「恋人作って出て行ったくせに。自分だけ楽になりやがって」
「そんな言い方するなよ。ずっと支えてくれていた人なんだよ」
普段とは違う強い口調の静波君は悲痛そうに言葉を続ける。
「そんなこと知るか。大事な時に居ないあんたは家族じゃない。俺の家族は凪と灯君だけだ」
「ただいま~」
場の空気に合わない優しい声が響いた。声がする方を向くと、きっちりとスーツを着た上品そうな細身の帆波さんと同じ年くらいの男性がいた。オジサンだが、オジサンと呼ぶには現役感というか、髪にも肌にもツヤがあり、いかにも仕事が出来そうな雰囲気をしている。
「え~っと、帆波?この子たちは……もしかして君の子か⁉」
見知らぬ男性の登場に呆気に取られている俺と静波君を気にせず、男性は目をキラキラとさせ、いかにも好奇心でいっぱいです、といった顔でこちらを舐めるように下から上まで見てきた。
「まぁそうだよ……お前、なんつータイミングで帰ってくんだよ」
「ここは僕の家なのに、その言い草はないだろう?」
「そうだけど……はぁ、まぁいい、ご飯出来たぞ」
「俺は帰る。灯君も帰るよ」
静波君は素早くソファに置いていた荷物を掴みながら俺に声をかけた。俺はついて行かなければと思ったけど、体が動かなかった。
「灯君?」
「ごめん静波君……」
「……遅くならないようにね」
静波君は早くこの場から離れたいのか、もう強く引き止めることもなく、さっさと部屋から出て行った。
「おや?ケンカでもしたのかい?どうせ帆波が悪いんだろう?」
「うるさいうるさい。さっさと荷物片づけてこい。ほら灯君、皿並べて」
「あ、はい!」
*
「自己紹介がまだだったね。僕は加瀬 修二(かせ しゅうじ)。整形外科医をしているよ。そして君のお父さんの恋人……かな?」
「何で疑問形なんだよ」
「君はふらふらしているからね。あんまり信用していないんだよ」
「ひでぇ言い草だな」
晩御飯をいただきながら帆波さんと修二さんの会話を眺めていた。信用していないと言ってもお互い信頼しているのが、柔らかな表情や口調から滲み出ていた。さっきまでの殺伐とした空気から一気に甘い空気が漂い始め、俺としてはまぁまぁ気まずい。
「あ、えと水瀬 灯です。あの、聞いているかもしれないですけど、俺は帆波さんの実の子どもではなくて……」
「あぁ、なるほどね。さっき帰った帆波そっくりの子が静波君か」
「そうです」
「どこが似てんだよ」
「似ていると思うよ。どこか不器用そうなところもね」
先ほどまでの二人のやり取りを修二さんがどこまで聞いていたかは分からないけど、あの短い期間でよく見抜いている。
「そうなんですよ。だから今もこうやって苦労してて……」
「え!そうだったの?それは申し訳ない」
「いや、さっきまでケンカしておいてよくそんなこと言えますね」
「よく分からないけど帆波、ちょっと黙ってなさい。君が話すと話がややこしくなるから。よければ僕が話を聞くよ、灯君」
「何だよぉ」
不貞腐れてご飯にがっつく帆波さんの顔は寝起きで機嫌が悪い時の静波君にそっくりで、少しだけ心が和んだ。
ご飯を食べ終えた後は俺の帰りが遅くなるからと帆波さんが片付けをしてくれることになった。そして俺は修二さんの車で家まで送ってもらっていた。
「それで?あの親子はどうして仲違いをしているのかな?」
「えっと、その……」
「ゆっくりでいいよ」
修二さんが落ち着いている大人だからか、あの自由な帆波さんを手懐けている恋人だからか分からないけれど、俺は初対面なのに今まで誰にも言っていなかった想いを打ち明けていた。
「俺の母親が亡くなってから、俺、余裕がなくて、家族のことちゃんと見てなくて……気付いたら二人は顔を合わすこともなくなって、帆波さんとは合うことも無くなりました。もっと早く、俺に出来たことあるんじゃないかって思ってて」
「それは君が気に病むことではないだろう。彼らの問題が大きいからね」
「でも俺も母親も帆波さんがいなかったら、きっともっと大変なことになってたと思うんです。母さん、変な男に引っ掛かってたので。だからちゃんと恩返ししたかったのに……」
「二人にその気持ちを伝えたら、良いきっかけになりそうだけどね」
「だから帆波さんのこと張り込んでたんです。ちゃんと話し合いたくて」
「なるほどねぇ。君は二人よりもずっと大人みたいだね」
運転中の修二さんの横顔は穏やかで、その優しい口調に心が軽くなったような気がした。
「僕もそれとなく帆波から君たちの話は聞いていてね。ずっと話してみたいと思ってたんだよ。それで君が良ければ、今度そちらのお家に行ってもいいかな?帆波も連れて」
「静波君は居てくれるかな……」
「“家族”の君の言葉なら、きっと耳を傾けてくれると思うよ」
「そうですね。俺も家族なので……生きているのに、バラバラなんてもう嫌なんです。頑張ります」
「あぁ、応援しているよ」
「はい、ありがとうございます。あ、家近いんで、ここで大丈夫です」
「うん、じゃあまた今度。弟君にもよろしく」
修二さんに送ってもらって、家に着くと凪が不安そうな顔をして出迎えてくれた。きっと静波君の様子がおかしかったのだろう。
「凪ただいま。ごめんな遅くなって。あのさ、帆波さんと会って来た」
「え?お父さんと?」
「あぁ、また明日にでも詳しく話すから。今日はちょっと、なんかもう、疲れれたわ」
「わかった……」
「凪、心配すんな。兄ちゃん頑張るから」
「……うん」
凪の頭をわしゃわしゃと撫でると「何だよぉ」と笑いながら凪は逃げて行った。子どもの成長は早い。久しぶりに撫でた凪の頭は前よりも高い位置にあった気がしていた。
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