恋心覚醒中!

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恋心覚醒中!

「ああぁあああ!」 「お前最近情緒不安定だな」  翌日。学校の教室にて。休み時間になるたびにおかしくなる俺に雫は呆れかえっていた。放課後になってようやく話を聞いてもらう覚悟が出来た。 「今度は何だよ。昨日家族仲深まったんだろ?」 「そうだけど!そうなんだけどぉ!」  頭を抱え悶える俺を雫は珍獣でも見るかのように観察している。その証拠にノートの端にはたぶん俺らしき人間のスケッチがあった。変なポーズをしている。たぶん面白い構図が見れて楽しいのだと思う。 「深まりすぎたというか?」 「何だそれ?」 「あの……その……静波君と」  俺の口から「静波君」という言葉が出て、楽しそうにしていた雫の顔色が変わった。 「それここで言える話?」 「え?あ、ちょっと言いにくいかもしれねぇ……」  雫は突然立ち上がると、俺の腕を掴んで引っ張って行った。雫は俺より一回り小さいのに引っ張る力が強くて、それに反抗させない意志を感じて、俺はただ戸惑いながらも、黙って雫について行った。 「……美術室?」  俺の問いかけにも答えず、雫は何故か持っている鍵を使って美術室のドアを開けると、奥にある準備室と書かれたドアの鍵も開け、そこに入るよう俺を促した。 「俺美術部だから。で、今日は部活ないし誰も来ない。ほら、続き話せよ」 「あ、うん」  そこら辺にあった椅子に座った雫に倣って俺も適当な椅子に座った。 「土曜に静波君の配信あったの知ってるか?」 「知らね」 「なんかもうすげぇイケメンのハーフっぽいルイっていうモデル仲間と配信んしてたんだけどさぁ」 「ルイ?あぁ、その人は知ってる」 「え?何だよやっぱり有名なのかよ……それでまぁ、その、ルイが静波君にチューしててさぁ」 「配信中に⁉」 「そう……ほっぺにだけど」 「なんだよ。たいしたことねぇじゃん……てかお前まさか」 「その、静波君にチューしました……なんか……むしゃくしゃして」 「頬に?」 「そう……どうしよう」 「は?なんだよそれだけかよ!」  今度は雫が頭を抱えていた。それだけって、俺にとっては大事なのに。 「なんだよ。俺すげぇ困ってんのに。今日だって静波君の顔見れてねぇし」 「お前、なんでそれだけで悩んでんのか、分かってねぇの?」 「はぁ?分かってるよ。憧れてるって言っても兄貴だぜ?キスしねぇだろ普通」 「はぁ……マジで分かってねぇじゃん」  雫は俺の言動に呆れながら席を立つと俺が座っている椅子へ近づき、そのまま俺にまたがって来た。 「な、なんだよ雫」 「気付くまで続けるって言っただろ」 「だからそれなんのことなんだ……って、マジで……」    前に雫は言っていた。俺が“気付く”までキスをするって。それが何のことなのか、分からない俺はただ雫にされるがままで。 「すみません、ヒントください」 「……今俺にキスされてどう思った?」 「え?えーっと……びっくりした」 「じゃあ静波さんにされたらどう思う?」 「はぁ?しねぇだろ。兄弟だぞ?」 「もっかいされてぇの?」 「ちょっと待った!わかった!考えるから!待って!」  意図の分からない雫の質問を聞いていたらまた顔が近づいて来たから、慌てて雫の肩を抑えて距離を取った。別に嫌じゃないとは言ったけど、それでも親友と何度も、しかも学校でキスするなんて、なんか精神的に来るものがある。 「静波君は、俺にとって憧れで、兄で……」  考えたことがなかった。昨日の俺の行動は衝動的であって、親友である雫以上に、それ以上のことなんて考えたことがなかったのだ。 「家族なんだよ」 「だから?」 「好きなわけ……」  好きかどうかという言葉を初めて口に出したら、すんなりと自分が考えたことがなかった理由が明らかになった。家族だから、今まで考えようとしてこなかった。雫に問い詰められて、初めて、気付いた。 「雫……俺気付いた」 「お前鈍すぎんだよ」  盛大なため息を吐きながら、俺にまたがるように座っていた雫は立ち上がると俺から離れた。 「でもやっぱり兄弟じゃん。てか家族だし。俺どうしたら……」 「俺には気持ち言えだの、伝えたいだの強引だったくせに」 「いやそれは……」  雫はしどろもどろな俺の顎を思いっきり掴んだ。頬が指で押されているせいで、きっと今の俺の顔はとんでもなく不細工だ。 「灯らしくない。イライラする。俺は今のお前みたいなのを好きになったわけじゃない」 「雫……」 「お前の兄ちゃんはお前のことを受け入れられないような器なのか?」 「違う……」 「ならもうどうすればいいか分かるだろ。今日中に伝えろよ。宿題だからな」  雫はようやく俺の顔から手を放すと「帰る」と呟いて出て行こうとした。慌てて後ろをついて行く俺。 「ありがとう雫」 「……うっせ」  雫の顔は見えなかったけど。言葉とは裏腹に声は優しかった。 * 「あぁあああ」  家に帰ると静波君はまだ帰っていなかった。俺は雫からの“宿題”の時間が近づくのに耐えられず、リビングのソファに沈み、声を漏らしていた。 「灯にぃちゃんどうしたの?またおかしくなっちゃった?」 「またってなんだよ」 「なんか最近よく変になってるなぁって」 「大丈夫だって。それより凪、蓮君とはどうなんだ?」 「えぇ?何急に。めちゃくちゃ仲良いよ。今度またデートするんだ」 「待て。またってなんだ、またって」 「別にいちいちデートするって報告する必要ないでしょ?」  それはそうだが、何だか俺より余程凪のほうが大人になっているような気がした。 「なんか面倒臭いお父さんみたいだね。灯にぃちゃんもデートくらいしたら?」 「凪が煽ってくる⁉反抗期か⁉」 「すーぐ反抗期って言うの、静波兄ちゃんみたい」  “静波”という単語を聞くだけで今は体がビクッと反応してしまう。 「あぁあぁもうダメだぁ」 「何がダメなの?」  そして俺の兄は、いつも不意打ちで現れる。 * 「それで?何かあったの?」  夜。静波君の部屋に呼び出された。何かあったの、って。雫も言ってたけど、俺が頬にキスをしたことなんて、やはり大したことなかったのだろうか。いやでも静波君も雫もモブみたいに普通な俺と違ってイケメンだからな、慣れているのかもしれない。 「おーい?灯君?」  ベッドの前に並んで座っていたから距離が近くて。ぼーっとしていた俺の頬に静波君の手が俺の頬に添えられる。俺は慌てて距離を取った。 「何逃げてんの?」  それでも距離を詰められて、壁に追い込まれる。目の間にある綺麗な顔は、とても意地の悪い顔をしていた。 「普通さぁ、キスされた方が困るもんじゃない?」 「分かってんなら離れてよ!」 「あれぇ?ただの挨拶じゃなかったの?」  自信のあふれる静波君の顔を見て、雫もそうだったけれど、たぶん、静波君も俺より早く気づいてたのだと思った。 「……ただの挨拶じゃない」 「へぇ?じゃあなんなの?」 「静波君……あの人ともう配信しないで」 「あの人って、ルイのこと?でもルイのおかげで視聴者数も増えたし、収入も増えたよ。ルイも静波のためならって、言ってくれているし」 「何回も名前呼ばないでよ。ねぇ、配信、俺ももっと手伝うから」  静波君の腕をつかんで、肩にもたれて。すがるように俺は懇願した。静波君の顔はもう、なんだか怖くなって見れなかった。 「まぁ、灯君のお願いなら聞いてあげてもいいけど」 「それ、俺が弟だから?」 「ん?」 「弟だから、静波君は俺に優しくしてくれてんの?」 「それもあるけど、それは違うかもね。もちろん弟のお願いだから聞いてる部分をある。でも一番は灯君のお願いだからだよ。これでいい?」  余裕のない俺と違って静波君が笑っているのが分かる。   「なんだよこれでいいって」 「だってどう考えても言わせようとしてるでしょ。灯君分かりやすいからねぇ」 「じゃあもう、俺の気持ち分かってんの?」 「もちろん。いつになったら言ってくれるのかなぁって思ってる」 「分かってんなら、言う必要ある?」 「父さんの話は聞けとか言うくせに、灯君の話は聞かせてくれないんだ?」  雫といい、静波君といい俺の周りのイケメンは俺の扱いを心得ている気がした。俺は覚悟を決めて、顔をあげた。静波君と向き合った。 「わかった、全部言う……ごめん、もう弟でいるの無理。あのイケメンと配信されるのも無理」 「どうして?」 「静波君が好きだから」  静波君はこちらを見て、すぐに笑顔になって、そして俺の頭を盛大に撫でまわした。   「よく言えました~!」 「なんだよ!せっかく真面目に伝えたのに!」 「だってどう考えても灯君ってずっと前から俺のこと好きでしょ?」 「え⁉」 「こっそり俺のSNSチェックしてるのも知ってるんだから」 「はぁ⁉」 「あぁ、ちなみに凪だって勘付いてるよ」 「はあぁあっ⁉」    静波君は俺の唇に指を当てて黙らせた。   「凪来ちゃうよ?……あ、キスして黙らせれば欲しかった?」 「はぁ⁉てかなんなの⁉俺ばっかり!静波君は俺のことどう思ってんの?」 「んー……ひとつだけ気に食わないことがあってね」 「え、何」 「灯君、母さんにそっくりでしょ?それでさ、ということはだよ?あいつと好み一緒なんだなって。それだけは気に食わないよね」  「なんだそれ」  あいつとは帆波さんのことだろう。正直俺は似たもの親子だと思ってるから、別に驚きもしないけれど、それを伝えたらたぶん機嫌を損ねるから黙っておくことにした。 「どうでもいいじゃん、そんなこと。てかそれってさ、そういうことだよね?」 「そういうことだねぇ」 「……ちゃんと言葉にしてよ」 「こちらとしては散々待たされたって言うのにね。灯君は自分の気持ちに気付いたら随分素直になったね。というかどうして気付いたの?俺がルイにチューされてるのを見たから?」 「……雫が気付かせてくれた」 「雫君が?へぇ……それは後でお礼を言わないとね」 「あぁ……あいつ本当に良い奴なんだ。俺には本当にもったいない」 「灯君って雫君の話する時優しい顔するよね……妬けるなぁ」  静波君は俺の頬に手を添えて、顔を近づけて来た。 「ねぇ、そろそろチューしていい?」 「ヤダ」 「え、何で」 「静波君の気持ち聞いてない」 「もう分かってるでしょ?」  ヤダって言ってんのに。イケメンってみんなスマートにキスできるもんなのかな。意外と冷静な頭は、くだらないことを考えていた。静波君がなんだかんだ俺のお願いを聞いてくれるように、俺もまた、結局は静波君のすることに抵抗できないのだ。 「好きだよ灯君」 「……順番守ってよ」 「ごめんね。あとさぁ、弟辞めるって言うの、撤回してくれない?」 「え、なんで」 「弟の灯君も好きなんだよね。だからこれからは弟兼恋人ってことでよろしく」 「……静波君が言うなら」 「じゃあそういうことで!もう遅いから部屋戻りなさい。それとも一緒に寝たい?」 「帰る。心臓持たない」 「えぇ?かわいいこと言わないでよ。帰らせないよ?」 「帰る!」  俺は静波君の腕を払い、立ち上がった。「え~残念」という言葉が聞こえたけど、面白がっているのが分かったから、確固たる意志で帰ることにした。さっきのキスの余韻がまだ抜けていない。俺はこれ以上ここにいたらおかしくなってしまう。 「じゃあね、おやすみ灯君」 「おやすみ……って何すんの!」 「えぇ?ただの挨拶だよ」
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