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恋人配信中!
義兄である静波君に思いを伝えて義兄弟兼恋人になった。そして静波君の提案で早速デートをすることになった。しかも。
「おはようございます!今日はよろしくお願いします!」
俺の家の前で朝から体育会系の気持ちのいい元気な挨拶をしてきたのは凪の親友の蓮君だった。小学生ぶりに見た蓮君はすっかり大きくなって、というか身長が抜かされている。百八十センチくらいあるんじゃないか?野球部なだけあって体もがっしりしているし。短く刈り込んだ黒髪が似合っている。
「蓮君久しぶり。いやぁ、かっこいいなぁ」
「お久しぶりっス」
蓮君が家に来たのは、凪とデートをする為で。さらには俺と静波君とも一緒に出掛ける為だ。つまりはWデートだ。ちなみに凪には俺と静波君の関係は話したけれど、だからと言って目の前で積極的にいちゃつくことはしないと伝えている。急にそんなことされたら凪も戸惑うと思ったからだ。これは静波君と話合って決めた。
「蓮君来た?さぁ行こうか」
いつも不規則な生活をしているせいで朝が弱い静波君も、俺との初デートや凪の手前だからかしっかりと早く寝て、朝から爽やかな笑顔で蓮君を出迎えていた。「待って!すぐ行くから!」と遠くから凪の声がした。
*
「うわぁ!久しぶりだなぁ!」
遊園地に来てはしゃぐ凪をまるで保護者のように優しく見守る蓮君は傍から見ると微笑ましい。母親が亡くなってから受験やら何やらで忙しく、兄弟そろって出かけること自体が久しぶりだった。
「じゃあ蓮君、凪のことよろしく」
「はい!何かあったら連絡します!」
Wデートとはいえしっかり者の蓮君がいるから、凪のことは任せることにした。既に目当てのジェットコースターに一直線に進む凪は遠くに行ってしまっていて、慌てて蓮君は追いかけて行った。
「いやぁ蓮君はかっこいいし、礼儀正しいし。凪と上手く行くといいなぁ」
「本当だねぇ。俺の弟たちは見る目があるよ」
「静波君、それ自分で言わないの」
「それよりどこ行くの?」
「プラン!考えて来ました!」
実はデート兼静波君のSNSのネタ用ロケでもあるのだ。ここの遊園地は映えスポットが多い。たくさん写真撮って、動画も回すつもりだ。初デートにしては味気ないかもしれいけれど。モデルのルイとのコラボを蹴らせた代わりに、俺は何としても静波君のSNSの役に立たなければならなかった。
「あぁ!良い!ビジュが良い!」
好きという感情に気付いたのが最近というのもあるけれど、元々静波君が最推しの俺にとってはデートらしくないとはいえ、写真をたくさん撮るのは苦ではなかった。むしろこれまで雫に発散していた静波君への感情を抑える必要がなくなって楽しいまである。
「超楽しい……」
「灯君が楽しいならいいけどさ」
「次、動画回していい⁉」
「は~い」
静波君にはカメラに手を伸ばしてもらって、まるで手繋ぎデートをしているような画角で動画を回し、園内を回った。
「灯君、次どこ行く?」
「あ!ダメダメ!名前呼んじゃあ」
これはSNSに上げる用だから、誰でも楽しめるように俺の存在はなるべく消さないと。
「えぇ~。どうせ編集で灯君の声消すんでしょ?ならいいじゃん。なんかデートらしさ無くなっちゃうし」
「うぅ、まぁそうだけど……編集まだ苦手だから、少な目でお願い」
「は~い」
その後は、園内中を散歩して、お昼ご飯中もたくさん写真を撮って、動画も回した。ハンバーガーを頬張るだけで映える静波君。最高だ。
「あ~んお願いします」
「あ~ん」
「俺じゃなくて!カメラに!」
「はいは~い」
午後になっても動画を回していたら、段々静波君の口数が減っていることに気付く。
「静波君疲れた?」
「違うよ……なんかデートなのになぁ~って」
「え?ごめん、楽しくない?」
「灯君は楽しいの?」
「俺は静波君と居られるならなんでも楽しい」
「……なんかごめん、灯君って俺のこと好きなんだねぇ」
「言ったじゃん。信じてなかったの?」
「そういう訳じゃなくて。灯君の好きを舐めてたなぁ」
静波君は俺のスマホを取りあげると、代わりに手を取って、強く繋いだ。
「でももう十分動画回したでしょ。後は普通にデートしよ」
「え、あ、うん。どこ行きたい?」
「凪たちが乗ってたジェットコースター乗ろう!」
静波君に引っ張られるようにして、園内を進む。初めて会った時から、静波君はずっと俺の事を引っ張ってくれる。
しばらく二人で過ごして、日が暮れて来たところで凪たちと合流した。凪の提案で最後に観覧車に乗ることになった。
「蓮君意外と絶叫系苦手なんだね。弱ってんのかわいかった」
「凪が介抱してる姿なんか珍しかったね……てか灯君、蓮君のこと褒め過ぎじゃない?」
「中学生に妬いてんの?」
「うん。引いた?」
「いやかわいい。動画回していい?」
「もう嫌だってば」
「お願い!夕景との相性が!最高だから!お願い!」
静波君の返事を待たずに勝手に動画を回した。そろそろ観覧車も頂上で、今が一番いい景色だった。
「はぁ~イケメンと夕焼けのコントラスト最高かよ……」
「ねぇ、撮っていいって言ってないよね?」
静波君はモデルで撮られ慣れてるからか、カメラを向ければ、それはそれは完璧な顔を作ってくれたが、目が笑ってなかった。やばい、と思った時には遅かった。目の前に座っていた静波君に一気に距離を詰められる。塞がれる唇。
「ちょっ……と!急に何してんの⁉」
「これでこの動画もう使えないね」
「ずる!……あ!」
「どうしたの?」
静波君がキスをしてすぐに離れた後、後ろのゴンドラに乗る蓮君の姿が目に入った。こちらを見て、切れ長の目がこれでもかと大きくなっていた。凪は反対の方向に座っていたから、こちらを見ていなかったのが救いだった。
「蓮君に見られたじゃん!何してんの!」
「えぇ~別にいいでしょ」
「うわああぁあ!」
「灯君は恥ずかしがり屋だなぁ」
「静波君は少しは羞恥心持ってよ!」
静波君は満足気で、俺の言葉なんて何も響いていないようだった。俺は頭を抱えたままで、ゴンドラは降りていく。その様子を楽しそうにただ静波君は眺めていた。
「あ、あの、今日はありがとうございました」
案の定、帰りには気まずそうに蓮君にお礼を言われた。は、恥ずかしい。うなだれる俺に気付いた察しの良い蓮君は別れ際「大丈夫っす。凪には言いません」と耳打ちしてくれて、本当に良い男だと思った。
*
「良し!編集終わったぁ!」
しばらく経って、気付けば五月も半ばを過ぎた。俺の静波君への気持ちを気付かせてくれた雫には今まで以上に優しく接していたら「気持ち悪い」と一蹴され、今は元通りの仲になって、俺にとっては居心地の良い関係になっていた。それでもさすがに俺のことを想ってくれていた雫に静波君との動画の編集を手伝ってもらうわけにもいかず、最後にはほぼ徹夜で編集を終わらせた。動画を静波君に送った後は昼だというのに俺は夜まで眠っていた。
静波君が動画をSNSに投稿して、夜には二週間ぶりの配信があった。そして配信が始まった頃に目を覚ました俺は、初めて配信のチャット欄が荒れているのを見た。
「え……何だこれ」
そこには〈遊園地の写真見たけど匂わせ?〉〈誰が撮ってるの?〉〈完全に相手恋人だよね〉と静波君に疑いを向けるコメントと、〈は?普通に友達でしょ?〉〈てか別に誰でも良くね?〉〈アイドルじゃないんだから〉などと対立するコメントであふれていた。
自室で配信をしている静波君はコメントが流れるチャット欄を見て、真剣な顔で言葉を紡いでいた。まるで釈明会見をさせられているようで、胸が苦しくなった。
『見ている皆さん、戸惑わせてごめんね。動画を撮ったのは弟です』
〈なんだ〉〈ほんとぉ?〉〈証拠は?〉とまた疑惑と安堵が混ざったコメントが流れていく。俺は弟と言われるのが嫌だと思ってしまっていた。恋人だと言うために配信のしている静波君の部屋まで飛び込んでやろうかと思ったけれど、今はただ、静波君を信じて見守るのが一番だと思った。
『編集もしてくれたんだ。写真もたくさんとってくれて、配信のことも考えて手伝ってくれて。とっても大事で大切に想っている弟だから、恋人に撮られているように見えちゃったのかもしれないね。まぁそれくらい愛してはいるけどね』
最後の言葉は、俺に対して言ってくれている気がした。
『あとはみんながこんなに俺のこと考えてくれてるってこと、思い至らなくてごめんなさい。あとで弟との写真と、投稿した動画だとカットした弟の声が入ったバージョンも特別にあげるね。だからもうケンカしないで欲しい。いいかなぁ?』
優しく諭す静波君の言葉に、段々とチャット欄が落ち着いて行った。
『ありがとう。実はね、弟も俺のことが大好きでね、みんなにも弟から見た俺を知ってほしくて、ああいう動画を作ってくれたんだよ。だからみんな、是非見てね。そしてもっと俺のことも好きになってね』
静波君の言葉の前半は本当で、後半は俺にとっては違っていた。本当は、世間に静波君のかっこ良さをして欲しいなんて思っていない。俺だけの恋人でいて欲しい。でも言えない。こうして配信を頑張っている静波君に協力するって決めたのだから。
モヤモヤとした気持ちを抑えながら、配信画面の高評価のボタンを押して、スマホの画面を閉じた。そして俺は無理やり目を閉じて眠りについた。
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