宿敵来襲中!

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宿敵来襲中!

「あああぁああ……」 「お前もう何度目だよ。ふざけんな」  学校にて。呆れる雫にうなだれる俺。雫の言う通り、もう何度目だろうか。 「落ち着いたんじゃなかったのかよ」  これも雫の言う通り。静波君に想いを伝えてから俺は落ち着いていた……はずだった。先日軽く静波君のSNSが軽く荒れてたけれど、すぐに収まった。静波君は変わらず俺に優しくて、凪も蓮君と付き合い始めたらしく、我が家の兄弟は再び春が戻ったかのように気持ちは華やかに彩られているようだった。 「落ち着いたけど。平和なんだけどぉ」 「なんか幸せそうだな。ムカつくから一発殴っていいか?」 「なんでだよ。まずは話を聞いてくれよ」 「じゃあそれから一発殴るわ」 「殴られるの確定なのかよ」  肩を回してストレッチをし始めた雫を見て、どれだけの勢いで殴るつもりなのか恐れながらも、俺は話し始めた。 「やっぱ釣り合ってないんじゃねぇかなって……いてぇ!」 「くだらね、今更何言ってんだ」 「まだ話終わってねぇよ!」  もしかしたらくだらないことなのかもしれない。でも最近の静波君が投稿した動画にあった〈弟君との関係尊い〉〈弟君似てないね〉〈別に静波君だけでいい〉と言った色々な静波君のファンのコメントを見て、自分自身の配信での立ち位置が分からなくなっていた。弟として、恋人としてどうしたらいいのかも。  素直に遊園地での動画の顛末を雫に話すと、雫は殴ったところを撫でてくれた。俺は大げさに痛がるフリをした。 「最後まで話聞かなくて悪かったって」 「はぁ……SNSって難しいな」 「灯もようやく思春期の悩みを通過したか」  雫はあくびをしながら、何ともないように言った。俺自身あまりSNSなど積極的にするほうではなかったから分かってなかった。 「そんなの気にし始めたら切りがねぇよ」  そんなこと言われても、一度気にすると気になるものだと思ったけれど……。 「灯に関しては、俺が言う悪口以外はみんな的外れだろ。気にすんな」 「なんだそれ」  続いた雫の意味の分からない理論に思わず笑みがこぼれた。親友の言葉の方は心強かった。 * 「ただいま~」 「灯にぃちゃん、おかえりなさい」 「はぁ⁉」  見慣れた家の、見慣れたリビングルームに入り、見慣れた弟の凪の横に、見慣れない人物がいた。 「ルイ⁉」 「おかえりなさい、灯君だよね?」 「えっと、た、ただいま……灯です。って何でこんなところに⁉静波君は?」 「静波はいないよ。大学じゃないかな」 「そ、そうですか」  状況が分からない俺と冷静なルイ。優雅に凪が出したであろうコーヒーを飲んでいる。お茶菓子付きだ。慌てて荷物を置いて、テーブルを挟んで向かい合うように座った。 「どうしてこんなところに?」 「静波が弟の話ばかりするから気になって来ちゃった」 「えぇ?すげぇ行動力っすね……」 「凪も灯もかわいいねぇ。静波が自慢するのが分かるよ」  ルイは隣に座る凪の頭を撫でていて、凪も満更ではなさそうだ。もう俺のことも呼び捨てだし、凪は懐いているようだし、距離感バグってないか。  俺が帰って来たのもあって、凪は「宿題してくる」と席を外した。心の中で来客対応を完璧にこなした凪を称賛しておいた。 「俺たちに会いに来ただけですか?」 「うん、そうだけど。そんな警戒しないでよ。静波を奪いに来たわけではないから」 「はぁ⁉」 「びっくりしすぎ!静波が言った通り、素直なんだねぇ」  楽しそうに笑うルイを見て一気に恥ずかしさに襲われた。ルイはたしか既に大学を卒業していて静波君よりも年上のはずだと、ルイをモデルとして知っていた雫から聞いていた。大人にからかわれるのは苦手だ。 「そういえば、もう静波と配信しちゃダメなの?」 「あー……その、静波君と配信してくださってありがとうございました。なんかあれから視聴者数増えて、軌道に乗った感じで……でも、すみません、俺は……」 「んー?」  にやにやしている。この大人、とても意地悪な顔をしてこちらを見ている。話している途中で、からかいが続いていることに気付いた。 「……何か言わせようとしてます?」 「え?そんなことないよー。気にせず続けて?俺は、の後は?」 「もっと自分に自信がついたら、あなたにもはっきりと宣言します。それまでは静波君と、凪と、兄弟で配信したいです」  俺なりに真剣な思いを告白した。ルイは面食らったような顔をしている。 「ごめんね、大人げなかったね。真面目なんだねぇ灯は。俺の静波だから!とか聞きたかったんだけどね」 「そんなこと聞きにわざわざ来ないでください!」    でもすぐにへらへらとしていた。基本的に緩い雰囲気の人なんだろう。 「ごめんごめん、本当はあの遊園地の動画見てさ、心配して来たんだよ。静波も落ち込んでたしね」 「え?」 「せっかく編集してもらったのに、変な空気になったって。でも上手いこと乗り越えたみたいで良かったよ。灯も思ったより元気そうだし」 「あれ見て、わざわざ?」 「俺は静波のこと気に入ってるからね。あとあれだけ話してくる弟たちに会いたかったのもある。聞いていた通り、良い子で良かったと思っているよ」 「……ありがとうございます」 「いいえ、何もしてないよ」 「でもなんか、心配してくれる人がリアルにいるって、心強いです」 「それなら来て良かったな」  ルイはコーヒーを飲み終わり、席を立った。 「あ、夕飯どうっすか?」 「静波に内緒で来たからそろそろ帰るよ。会ったら面倒臭そうだし」 「そうですか」 「最初の警戒心が嘘みたいだね」 「え、すみません……だってルイさん、かっこいいし……」 「まぁ灯が油断してたら奪っちゃうかもね」 「はぁ⁉」 「じゃあ頑張ってねぇ~」  ルイは流れるように俺の頬にキスをして颯爽と帰って行った。やはりイケメンはキスがスマートなのかもしれない。呆然と口を開けたままのかっこ悪い俺だけが、そこにいた。 *  ルイが家に来た日は静波君の帰りが遅くて、翌日の配信がある土曜日の昼まで寝ていた静波君とはお昼ご飯の時にようやく顔を合わせた。蓮君と出掛けている凪がいないから、今は寝ぐせもそのままの無防備な静波君と二人で食事をとる。俺は牛丼を作って、静波君の分はヨーグルトとパンと目玉焼きとベーコンと、完全に朝ご飯のメニューだった。 「おはよう灯君。朝から牛丼?元気だねぇ」 「おはよう静波君。もう昼だけどね」  普段通りのテンションで言ってくるから寝ぼけているのか、ボケているのかいまいちわからない寝起きだとふわふわしている静波君。それは出会った時から変わらない。 「今日は配信なにするの?」 「んー……なにしようかなぁ」 「え、まだ決めてないの⁉」 「灯君紹介しようか。カップル配信しようよ」 「しないよ!」  一緒に並んで皿洗いをする。もうそろそろ目が覚めたころだと思ったけど、まだ寝ぼけているのかもしれない。 「はぁ……」 「えぇ?冗談じゃないのに~」 「今は別に誰かに見せつけたいとかないから」 「そう?」  皿洗いが終わって手を拭いて。俺は後ろから静波君を抱きしめた。今まで静波君がじゃれるようにもたれかかってくることはあった。俺からは初めてかもしれない。 「今は、二人だけでいたい」 「あらぁ」  静波君は嬉しそうに背後にいる俺にもたれかかった。体温が高い。まだ眠いのかもしれない。俺の腕を掴んだ静波君の細くて白い綺麗な手は、冷えていて、びちょびちょだった。 「手ぇ拭け!あと目ぇ覚ませ!」 * 「で、どうすんの」  食事を終えて静波君の自室にて夜の配信のミーティングをした。静波君はベッドに寝転び俺の話を聞いているのかもわからない。 「えー……灯君がしたいことでいいよ」 「投げやりな……もう飽きた?」 「灯君とのいちゃいちゃ配信なら毎日出来るよ」 「だからぁ!しないって」 「じゃあ今しよー」  誘導尋問をされたような気がする。静波君は起き上がると両手を広げて、俺を受け入れる準備をしている。爽やかな笑顔を添えて。仕方がないから素直に静波君の腕の中に閉じ込められる。暖かい。 「灯君良い匂いするねぇ」 「柔軟剤でしょ」 「色気がない答えだねぇ」 「静波君のほうこそ良い匂いするよ」 「香水かなぁ」 「あ、それにしたら?」 「何が?」 「身近なものの紹介。静波君大学生だし、普段どんなの持ち歩いてるとかいいかも」 「そんなの興味ある?」 「静波君文房具とかこだわりあるじゃん、香水とかも」 「んーまぁ。灯君が言うならそうするー。決定!」  静波君は思いっきり俺にもたれかかると俺ごとベッドに倒れ込んだ。 「ねぇ適当に答えてない?」 「そんなことないよ。てか押し倒してんだからさぁ、もっとこう、甘い雰囲気がほしいなぁ」 「……昨日家にルイさんが来た」 「へ?何で?」  静波君は起き上がり、俺の話をちゃんと聞く姿勢になった。俺も静波君にちゃんと話を聞いてほしくて、起き上がった。 「顔見たかったって。静波君、外でも俺や凪の話ばかりしてるってよ」 「それは照れるなぁ」 「それで、隙があれば静波君のこと奪うって言われた」 「へぇ。で?灯君はなんて返したの?」 「何も。ルイさん、すぐに出て行ったから」 「ふーん」 「だから、静波君から言っておいて欲しいんだけど」 「何?」 「“絶対嫌です”って」  静波君は笑顔で勢いよく抱き着き、また俺を押し倒した。起きたり寝たりバタバタと忙しい。 「灯君~大好きだよ~」 「静波君。俺、ルイさんみたいにかっこいいモデルじゃないから、横に並んでも、映えないかもしれないけど。静波君のかっこ良さなら誰よりも一番知ってると思ってる」 「うん」 「だから、俺が一番に静波君のことかっこよく見せるから。配信でも、写真でも、動画でも。だから、一番そばにいてもいい?」 「もちろん」 「ありがとう」  俺の方からも抱きしめ返す。しばらくの間、そうしていた。 「ねぇ灯君、そろそろもっといちゃいちゃしたいんだけどな」 「……静波君のほうが大人なんだから、そっちがリードしてよ」 「仕方がないなぁ」
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