初バトル、そして早くも仲間割れ?

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 ──アイドル。  かりそめの愛を届けるビジネスは崩壊し、代わりに「理想のカップルアイドル」なるものがメディアに姿を現した。  好きだった声優が同じく声優、それもとある百合アニメでカップル役を演じていた二人が、ラブシャワーの力でカップルアイドルになり、つい最近結婚までした──というニュースは、俺をこれまで味わったことのない驚きと少しの悲しみと、喜びでうちのめした。    ……というのは余談であり、ピンク集団、幽たちが名乗る「アイドル」とはまた別である。 「電話応対、疲れますよねえ」  街中にあるオフィスビルの一角で、一本一時間ほどの惚気話を聞かされるのはかなり苦痛なものだ。みんな幸せなやつらばかりだからだろう、突然の電話に穏やかに対応してくれるのはいいけれど。 「でも、イライラしてると怖いですよお!ベビーフェイスでかわいいお顔が台無しですう」 「それ、褒めてる?」 「はあ、不機嫌だと幽困っちゃう。せっかく、駅前に新しく出来たドーナツ屋さん、とーっても並んだのに」  休憩室は、オフィスと同じくこざっぱりと簡素である。馬鹿みたいな額の給与だから、職場もものすごいとこだと思っていたが。しかし、狭い職場はわりと落ち着く。 「え、ごめん。それ、俺にくれるやつだとは知らなくて」  幽は、紙のボックスからチョコレートのかかったドーナツを取り出すと、大きな口で頬張った。 「え?あげるとは言ってねーですよ?」 「うざ……」 「わわっ!!そんなこと言っちゃっていいんです?このかわゆき美少女ちゃんが目の保養になってあげてるというのに!」  職について一カ月。俺と瀬戸はふたり、このオフィスで、市内の「家族リスト」に電話をかけては、悩み事や相談、困っていることはないかと聞いて回っている。幽は有名な「アイドル」らしく、彼女の名を出せばすぐ、ほとんどの相手が愛する人との暮らしにおける惚気とほんのちょっとの不満を語り出してくれた。  ホテルでの暮らしは終わったが、ホテルにいた頃、岸さんと会うことは一度もなかったし、今に至るまで、岸さんと、それから沢谷さんと一度も会っていない。彼女たちがどんな仕事をしているのか知らないし、幽は不定期にこのオフィスにやって来るから、彼女たちの所にも行っているんだろうが、聞いても何も教えてくれない。  「今の仕事、どうです?ギャップ感じてます?騙されたーって思ってますう?」ドーナツを頬張りながら、幽が尋ねる。 「別に。待遇に嘘はなかったし、俺と瀬戸くんだけだから気楽だし、いいよ」 「そうでふか。でも、そろそろ刺激がほしくないでふ?」 「なんだよ、刺激って」  幽は2個目のストロベリードーナツを見せびらかすと、頬張った。謎の訪問者に隠れて極秘任務だなんて、気が重いと思ったが、幽は呆れるほどマイペースでのほほんとしており、こっちの気が抜けてしまう。まあ、極秘任務遂行のためのあれそれは、何一つ進んではいないのだが。 「瀬戸さんふぁ話がうまいでふし、青柳さんは他人の気持ちに敏感な繊細さんでふから、ふぉのお仕事がぴったりだと思ったんでふ」 「いまディスったよな?」 「けど、みなさん特にご不安はなさそうですし、『同化』の兆しも電話越しだとわかりませんし。つきましては、別のことしてもらおっかなって思ってまして」  「岸さんや、沢谷さんがしてること、ですよ」沢谷さんの名の前に、謎の間があったのが怪しい。この謎のピンクツインテは、俺の気持ちまで知っているのかも。  『会いたくないですか?』と、広野さんか斉藤さんかが俺に言ったのもおそらく、その名を言えば俺が食いつくと聞いていたから?  しかし顔を合わせれば俺にだる絡みするこいつが、沢谷さんのことでいじってこないのは不思議だが。 「どんなことすんの?」 「うーむ、でも青柳さんにはできるかなあ。幽、ちょっぴり不安なのです。だって青柳さんって……」 「なんだよ」  幽は憎たらしく唇をへの字にしてみせると、「まあ、お手並み拝見というとこですね」と、やれやれと首を振った。
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