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夜想1-⑻
「ではご案内します。どうぞこちらへ」
有馬はそう言うと、奥へと通じる扉を開け流介たちを温室の内部へと誘った。
「うわっ、これはすごい。見たこともない植物ばかりだ」
大雨の前を思わせる蒸した空気と、色濃く巨大な植物に流介は思わず驚きの声を上げた。
「わあ綺麗。こんな鮮やかな花、見たことないわ」
亜蘭が温室に足を踏み入れるなり、目を輝かせながら言った。
壁も天井も硝子張りの温室は濃密な緑の匂いと陽射しに満ち溢れ、流介を熱帯の密林に迷いこんだような気分にさせた。
「これは仏桑華という花で、ハイビスカスともいいます。うんと南の方まで行かなければ目にすることのできない花です」
目が痛くなるような真紅の花を示しながら有馬が言うと、亜蘭は「お家に飾ってみた生るくらい、素敵ですね」とうっとりした顔で言った。確かにこれほどの強い色彩は朝顔などの身近な花にはないものだ。
「こっちのお花は?」
「それは九重葛、あるいはブーゲンビリアと言って、やはり南の方にしかない花です」
有馬はそう言って花火のように広がる紫の花を、紹介するのが誇らしくてたまらないというように見遣った。
「こっちの棘だらけの植物は、なんとも迫力がありますね」
流介は花の咲いていない、肉厚の葉が警戒するようにつき出ている植物を見ながら尋ねた。
「それはサボテンと言って亜米利加などでよく見られる植物です。仙人掌とも書くのですが、こう見えて花も咲きますし食用にもなります。……もっとも食べたことはありませんが」
「なるほど、世界には色々な植物があるんですね」
「見た目が少々、変わっていても実は食用になったり何かの原料となったりする木は珍しくありません。例えばこの、葉の大きな木などは樹液が自転車のタイヤなどに使うゴムになったりもします」
有馬は奥の一段高くなった床の前で足を止めると、細い枝に大きな葉がたくさんついた植物を指で示した。
「なるほど、ゴムですか。……ということはこの温室は産業博覧会場でもあるわけですね」
「うまいことをおっしゃいますね。そうともいえます。例えばあちらの方に生えている木は珈琲豆の取れる木です」
「えっ、珈琲というのは豆だったんですか、僕はてっきり紅茶のように葉を煮出していれる飲み物かと思っていましたよ」
「採った豆をさらに煎り豆にしてから砕くのだそうです。これからは東京以外でも珈琲が飲まれるでしょうし、そうなれば珈琲の木を栽培することは産業と言えるかもしれませんね」
「ふうん……では南国の木を集めるという仕事は、研究でもあるのですね」
「ええ。美しいだけでなく、とても意義のある仕事です。……さて、ここがこの温室で最もよく陽が当たる場所です」
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