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夜想1-⑽
「しかしここは本当に暖かいですねえ。南国の植物が茂るのもうなずけます」
場の空気を和らげようと流介がありきたりの感想を口にすると、有馬が「それは単に硝子で囲われているからだけではないのです。……どうぞこちらへいらしてください」
導かれるまま奥の一角へ足を踏みいれた流介は、タイルで造られた湯船を思わせる池を見て「なんです?これは」と声を上げた。
「これは温泉を溜めておく『湯溜まり』です。簡単に言うと地熱を利用し温室全体に適度な温かさと湿気を運ぶ天然の暖房措置です」
「暖房装置?温泉が?」
「ええ。温室全体を暖かいと感じられたしたら、陽射しのほかにこれがあるからでしょう」
流介はあらゆる手を使って熱帯を再現する有馬の執念に、思わわず「ううむ」と唸った。
「いや、外から見ても素晴らしいですが、中の風景もまた驚くことばかり……あっ」
芦谷は木の梢から飛び立った色鮮やかな鳥を見て、驚きの声を上げた。
「あんな色の鳥は見たことがありませんが、あれも南の生き物ですか」
「そうです。インコと言う鳥で、あまりに色が美しいので放し飼いにしているのです」
「ううむ、こんな珍しい鳥が外に逃げだしたら大騒ぎになりますね」
「私もそう思います。この温室は一日に数回、鴨居の所にある動く格子窓を使って空気を入れ替えているのですが、万が一にもそこから逃げださぬよう気をつけて行っています」
「なるほど、空気を入れ換えないままだと息が苦しくなりますからね」
「ええ。この辺には大きな鴉もいるのでなおさらです。硝子の屋根から中にいる小鳥が見えるので、常に狙っているのです」
「それは不吉ですね」
流介は亜蘭がポオを身動きできないほど強く抱きしめていることに気がつき、はっとした。
――そうか、うっかり離したら小鳥を狙ってしまうものな。
「この熱帯の楽園で最も不自然な生き物は我々、人間なのかもしれません」
有馬はそういうと、陽の光を受けて白く輝いている天井をまぶしそうに仰いだ。
「……そうだ、この近くに熟した南の果実を使った果物専門の水菓子屋があるのですが、訪ねてみてはいかがです?」
「果物専門の……」
「ええ。まだ開店したばかりですが、温泉に入った後の果物は喉が潤うと評判のようです」
「いいですね!ぜひ行きましょう先輩」
話を聞くなりはしゃいだ口ぶりと共に身を乗り出してきたのは、菓子や果物の似合いそうな亜蘭ではなく弥右だった。
「瑠々太君、少しは態度を控えめにするという事を学んだ方がいいぞ」
流介がいわずもがなの釘を刺すと、弥右は「これは失礼しました」と悪びれる様子もなく両肩をすくめてみせた。
ちょっとした長屋二軒分ほどの「密林」をひと回りし終えると、有馬は流介たちに「もしよかったら明日、あらためて来てみて下さい。太陽が高いとまた、別の風景が味わえますので」と言った。
「わかりました、都合がついたらまたぜひ、来させて頂きます」
芦谷が上気した顔で答えると、亜蘭の腕に抱かれているポオが「にゃあ」と鳴いた。
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