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夜想2-⑶
朝食は昨晩と同じ干物に味噌汁、こぶいか漬けと言う中身だったが、飯が粥になり煮物の代わりに卵が用意されていた。
「ふふっ、これは晩飯より贅沢かもしれませんね」
あたたかい粥に塩気の効いたこぶいか漬けを乗せながら弥右が嬉しそうに言った。
漁夫が寝泊まりしていたという「ダイドコロ」はお世辞にもゆったりしているとは言い難かったが、その代わり陽当たりだけは申し分なかった。
「朝日の中で味わう朝食は格別なものがあるな」
「いっそ硝子張りの宿でも造ったら、お客さんが押し寄せるんじゃないですかね」
「それじゃ落ち着かないだろう。それに夜になったら獣から丸見えだ」
「あっ、そうか。硝子張りの湯宿なんて面白いと思ったんですが」
――まったく、この後輩は頭が良いのかねじが緩んでいるのかさっぱりわからないな。
無邪気に朝食を頬張る弥右を見ながら、流介は天馬から正確さを取って代わりに呑気さを詰め込んだような少年だなとぼんやり思った。
「……そうそう、獣と言えば昨夜の哭き声は一体なんだったんだろうな」
「さあ……狐でも梟でもないとなると……」
流介と弥右が顔を見あわせていると、土間で煮炊きの後始末をしていた宿の女将が「珍しい動物なら、近くに飼っていらっしゃる方がいますよ」と言った。
「珍しい動物ですって?」
「ええ。尾藤九兵衛という方で、何でも外国からこっそり……あらいけない、買い付けた生き物を裏庭にある大きな小屋で飼われているという話です」
「どうしてそんなことを知っているんです?」
「野菜を作っている弟が、その方から動物の餌になる物を都合してくれと頼まれて色々持って行ったらしいんです。その際に、小屋を少しだけ見せてもらったとか。なんでも日本にはいないような色鮮やかな動物が何匹もいたそうです」
「色鮮やかな……」
流介は有馬の『水晶宮』で見た鮮やかな羽根の鳥を思い出した。南国の動物だろうか。
「先輩、ひょっとしたら昨夜の哭き声は、そこから逃げだした動物の物かもしれませんよ」
「怖いことを言うなよ瑠々田君。外国の生き物がその辺の草むらをうろうろしていたら、おちおち風呂にも入れないじゃないか」
「そうですか?楽しいと思うけどなあ。……そうだ、取材だと言ってその方に珍しい動物を見せてもらうっていうのはどうでしょう」
「そんな乱暴な取材はやったことがないよ。それにもしどこかへこっそり売る動物だとしたら、見せてくれるはずがない」
「行ってみなけりゃわからないでしょう。駄目でもともとですよ」
やれやれ、とんでもない後輩をお伴にしてしまったと流介は朝日の中で肩をすくめた。
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