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夜想2-⑷
「あら飛田さん、おはようございます」
身支度を終えて宿を出た流介と弥右が表通りで出くわしたのは、亜蘭だった。
「やあ亜蘭君。お兄さんは?」
「兄は疲れが取れないので、今日は部屋と当時小屋を行ったり来たりにするとのことです」
「なるほど、警察官という仕事は大変そうだし日ごろの疲れもたまっているんでしょうね」
「そうだと思います。でもポオが兄の遊び相手になっているので、私は気兼ねなく外に出ることができます」
流介はなるほどと頷いた。猫好きの仲の良い兄妹だ。
「それで、今日どのあたりに行くのかな」
「昨日訪れた『水華堂』と『水晶宮』にまた行ってみたいと思っています」
亜蘭が行き先をすらすら述べると、弥右が「ああ、またあのバナナを召し上がるんですね。いいなあ」と即座に食いついた。
「瑠々田君、そう毎日珍しい果物があるわけないだろう」
「えっ、そうかなあ。果物が売りのお店なら、あると思うんだけどなあ」
あきらめきれない様子の弥右を流介が持て余していると、亜蘭が「ところで飛田さんたちは?」と問いを投げかけた。
「ええと、まだどこへ行くかは……」
「あっ、僕たちは珍しい動物を見に行きます」
「動物?」
突然、割り込んできた弥右の言葉に、亜蘭は目を丸くした。
「瑠々田君、初耳だぞ。まだ見せてもらえると決まったわけではないだろう」
「そうですね。見せてもらえなかったらバナナを飲みに行きましょう」
「バナナがなかったらどうするんだい」
「先輩、そのように後ろ向きの頭では珍しい物と出会えませんよ。歩いて行ける近さにこれだけ面白い風景があるのです。行かない手はありません」
――やれやれ、どうやら片っ端から行くつもりのようだな。
流介が軽はずみな後輩にどう釘を刺そうかと悩んでいると、亜蘭が「では、私もお伴いたしますわ。動物は大好きですから」とさらに頭が痛くなるような申し出を口にした。
「亜蘭君、僕らは取材に行くのであって、食べ歩きをしに行くのでも物見遊山に行くのでもないんだよ」
「わかってますわ。でも飛田さんの奇譚探しだって、うちの若旦那と同じで道楽みたいなものじゃございませんか」
流介は言葉に詰まった。君の所の若旦那は道楽でも、僕は一応仕事なんだと返したところで聞く耳を持つはずがないからだ。
「しょうがない、行くだけ行ってみよう」
「それでこそ『匣館新聞』の敏腕記者ですわ」
亜蘭は急に持ち上げるようなことを言うと、にっこりとほほ笑んだ。
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