夜想2-⑸

1/1
前へ
/33ページ
次へ

夜想2-⑸

「珍しい動物を見たい?新聞記者と言うのは実に耳聡いというか無作法ですな」  商人で船乗りでもあるという尾藤九兵衛は、いきなり訪ねてきた三人の来客を訝し気な表情で出迎えた。 「そう言われればその通りですが、珍しい話を聞くと訪ねて行かずにはいられない性分でして……」  流介が門前払いもやむなしという気持ちで食い下がると、意外にも九兵衛は「二つほど約束してもらえますかな。見た物についてあれこれ言いふらさぬこと、どこから運んできたかをいちいち訪ねないこと。それを守ってくださるのなら、お見せしましょう」と言った。 「もちろんです。取材の一つとは言っても、見た物をそのまま記事にするわけではありません」 「そう願いたいですな。……ではこちらへどうぞ」  流介は内心ほっとしつつ、弥右と亜蘭を伴って九兵衛の後に続いた。奥の勝手口から中庭に出ると、宿の女将が言った通り納屋と呼ぶにはいささか大きすぎる小屋が目の前に現れた。 「ここに私が集めた動物たちがいます。くれぐれも興奮させぬよう、気をつけて下さい」  九兵衛はそう前置くと、流介たちを小屋の中へ誘った。 「――わあ、これはすごい」  小屋に一歩足を踏みいれた流介は、『水晶宮』に勝るとも劣らぬ珍しい風景に目を瞠った。  小屋の中には一回り小さい「檻」が二つ据えられ、ひとつは『水晶宮』で目にしたような色鮮やかな鳥たちが舞う巨大な鳥籠、もう一つは不思議な姿の動物がいる一回り大きな檻だった。 「先輩、ここ本当に匣館ですかね」  弥右が大きい方の檻を指さしながら、興奮した口調で言った。檻の中で忙しなく動きまわっていたのは、数種類の猿だった。それも明らかに日本の猿ではない、一風変わった猿たちだった。 「変わった猿がいるものですね」 「ええ。ボルネオ島など、南の島によく行く商人から私が買い付けたものです」  九兵衛はさして珍しくはないというように、珍奇とも言える動物たちの故郷を説明した。 「ううむ、これ後ほど離れた北の地に連れてこられて、猿たちも難儀しているだろうに」  流介は檻の中の奇妙な猿たちに、内心で同情した。黒くて目だけが大きな小型の猿、蜘蛛のように手の長い猿、そして人間のように巨大な猿…… 「ああ、写真機を持ってくればよかったわ」  悔しそうに歯噛みする亜蘭を、流介は「亜蘭君、記事にはしない約束で見せて貰ってるんだ。写真を撮るのは約束違反だし、そもそもあんなに活発に動き回っていたらまともな写真は撮れないよ」と宥めた。 「……たしかにそうかもしれませんけど」  写真と奇譚が大好きな亜蘭の気持ちもわからないではない。しかしここは九兵衛の城であり、動物たちもまた。彼の許しなしでは近づくことのできない「秘密の品」なのだ。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加