夜想1-⑵

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夜想1-⑵

「やあ、あれが湯倉神社ですね。なるほど、由緒ある社だけあって風格を感じますね」  前方に鳥居が見えてくると弥右は唐突に口を開き、神社の由来について語り始めた。 「ええと、湯の川とこの神社はですね、今からざっと四百年ほど前にある木こりが湧き湯をみつけたという言い伝えが起源らしいですよ」 「木こりが神社を建てたってこと?」 「はい。湯につかったら怪我の痛みが癒えたとかで、祠を建てたんだそうです」 「きみは神社仏閣に興味があるのかい」 「いえ、興味を持ったことは一通り調べてみないと気が済まないんです。田舎者ですがこれでも小学校は出ていますので」  どうだとばかりに顎をつき出した弥右を見て、流介はこの見習い少年には他愛のない逸話でも自慢するに十分な知識なのだろうと微笑ましくなった。 「僕が笠原さんから仕入れてきた話では、匣館戦争の時に傷ついた兵士たちと一緒に榎本武揚公がよく訪れていたってことだけど……今でも浸かりに来てるのかな」 「榎本公って、新政府の要人になられた方ですよね?飛田先輩、会ったことがあるんですか?」 「うん、まあ……すれ違った程度だけど」 「すごいなあ、さぞ色々な人に会ってきたんでしょうね。先輩の後をついて行けば奇譚の種には困らないってわけだ」 「馬鹿なことを言うのはよしてくれ瑠々田君。湯治場でいったい、何の怪異と出会うと言うんだい」  流介はこれ以上調子に乗らぬようさりげなく釘を刺すと、「せっかくだから取材が滞りなく進むよう、願掛けをして行こう」と奥の社殿を指さして言った。 「はい、先輩。……あ、でも賽銭に使う小銭を忘れてきてしまいました」 「いいよ、僕に少々、持ち合わせがある。仕事なんだし君の分も出そう」  流介がそう言って銅貨を渡すと、弥右は「すみません先輩。じゃあついでに神籤を引いて行ってもいいですか?」と悪びれることなく言った。 「おいおい、遊びに来たんじゃないんだぜ。いやはや、えらい後輩を持ったものだ」  流介がぼやきながら弥右と鳥居をくぐったその時だった。 「おや、誰かと思いきや飛田さんじゃありませんか。これはまた奇遇ですな」  そう言って手水のあたりから歩み寄ってきたのはなんと、ウィルソンだった。 「まあまあ、本当に奇遇ですわね。湯治にいらっしゃったのかしら」 「こんな遠くの神社をわざわざ訪ねてくるとは、飛田君の信心も大したものだ」  相次いで現れた見知った顔に、流介は「まさかこんなところで皆さんと……」と絶句した。  流介たちの前に突然、現れたのは『港町奇譚倶楽部』の会員――ウィルソン、浅賀ウメ、日笠の三人だった。 「みなさんも温泉の評判を聞いて、わざわざやってこられたのですか」 「うむ、道が悪くて道中は難儀したが、これはこれでなかなか愉快な旅だったよ」  腰のあたりをさすりながら呵々と笑ってみせたのは実業寺の住職、日笠だった。 「あたくしの身内で宿を兼ねた食事処を始めた者がいるので、思い切ってやってきたのです」  いつも通りの柔らかな物腰でいきさつを語ったのは料亭『梁泉』の女将、浅賀ウメだった。
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