夜想2-⑽

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夜想2-⑽

「お待たせしました」  流介が『水晶宮』で目撃した事件について思い出せる限りの説明をしていると、異国の香りとでも形容したくなるような匂いのする料理を盆に乗せた浅賀姉妹が座敷に姿を現した。  出されたものはうどんらしかったが、変わっているのは麺の上に黄色い餡のような物がかかっているという点だった。しかもその黄色い奇妙な餡からは、食欲をそそるような魔訶不思議な香りが立ち上って来るのだった。 「女将、これは一体なんです?」 「それは英国で作られている加里(カリー)という物を、鰹の出汁で伸ばして片栗で固めた物です。本来はご飯にかけて頂く物なのですが、姉さんの提案でうどんにかけてみることにしました」 「はあ、何とも珍妙な料理ですな」  流介たちは匙で餡の部分を掬いながら、どこの国の料理ともつかないうどんを無心で啜り始めた。いざ口に運んでみると、少し辛味のある餡がうどんに絡みなんとも旨いのだった。 「私たちもいただいてよろしいかしら?」 「どうぞどうぞ」  浅賀姉妹を加えた大人数での食事を終えると、ふいに千夜が「いつもなら姉さんが自慢の推理を披露していると思うのですが、きょうはせっかくなのであたくしも推理の輪に加えてもらってよろしいかしら」と言った。 「もちろんです」 「その白石さんという方、バナナの木の場所にこだわっていらしたのでしょう?バナナを必要としている方と言えば、飛田さんがおっしゃっていた『水華堂』の女将さんですわね」 「……ということは?」 「バナナの実をより多く収穫できた方が、女将さんの心を掴めるということにはなりませんか?そしてもみ合いになったあげくの事故だったとしたら……」 「ということはつまり、女性をめぐるさや当てですか。そんなことで人を殺めるとは……」 「それはわかりませんが、もしそうなら建物に誰も出入りできなかったのではなく、ご主人だけが知っている「秘密の出入り口」があったのです」 「例えばどんな?」 「先ほど飛田さんのお話に出てきた「鴨居の所にある動く格子窓」が、特別な操作をすると人が出入りできる「出入り口」になる窓だったのかもしれません」 「ううむ、熱帯の木の下で一人の女性をめぐる喧嘩……凄まじい風景ですな」  ウィルソンがそう言ってぶるっと身体を震わせると、今度は日笠が「では次に拙僧の即席推理を披露させてもらいましょう」と切り出した。 「有馬さんがはずみで白石さんを殺めたという推理と、温室に出入りした手段は千夜さんに譲りたいと思います。では、私の推理は何についてかというと、動機についてであります」
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