夜想2-⑾

1/1
前へ
/33ページ
次へ

夜想2-⑾

「動機……つまり恋のさや当てではなくもっと別の恨みというわけですか」 「さよう。もしかしたら、白石氏は有馬氏が過去に携わった不穏な仕事や、隠しておきたい過去について知っていたのかもしれません」 「不穏な仕事……というと?」 「南国の商人との怪しい取引ですとか、都合の悪いことを知っている人物を葬った……などといった過去です」 「なんと恐ろしい……」 「そこで有馬さんは白石さんに「歪んでいる窓の付け替えについて話したい」と言って誘いだし、石か何かで後ろからいきなり殴ったのだと思います。千夜さんの推理と違う点は、いざこざの果ての不幸な事故ではなく、有馬さんに明確な殺意があったということです」  日笠の語る推理は生々しく、陽射しあふれる食堂が一瞬で重苦しい空気に包まれた。 「拙僧の推理はここまでです。千夜さんが言うような「秘密の出入口」がもし警察によって発見されれば、残念ですが有馬さんが下手人としてしょっぴかれるのではないでしょうか」  日笠が手を合わせて一礼すると、入れ替わりにウィルソンが「では最後は私ですな」と言った。 「私の話はとても単純です。白石さんが温室の中で倒れていたのは純粋な事故で、誰かの企みや怨恨の果ての事故ではなかった……という推理です」 「事故……ですか」 「はい。白石さんは窓のことを気にしていました。温室に足を運んだはいいが、見ているうちに触れて確かめねばならぬとうずうずし始めた。思い余った白石さんは梯子を取りに行く手間を省いて直接、椰子の木に上り始めたのです」 「まさか……」 「無謀な冒険の結末は、不幸な事故となって私たちの前に現れました。すなわち慣れぬ木登りに挑んだ白石さんは途中で手足を滑らせ、真下に落下し頭を打った……というわけです」 「……なるほど、単純なようだがもっとも腑に落ちる推理でもありますな。……みなさん、今日は『港町奇譚倶楽部』の例会ではありませんので勝者はなし、このウィルソン氏の推理を持って閉幕といたしませんか」  日笠が座をまとめるとウィルソンが「私はそれで結構です」といい、千夜とウメも頷いた。 「さあ、推理も一段落しましたところで食後の甘味はいかがでしょう。プディングという洋風の茶わん蒸しがございます」 「茶碗蒸しに洋風があるのですか」 「ええまあ、似たような物が。……ただし出汁味ではなく、蜜をかけていただきます」 「うむ、ではそれをいただきましょう。奇譚の口直しにはちょうど良さそうだ」  日笠の言葉に全員が頷くと、千夜は「しばしお待ちを」とほほ笑んで厨房へと姿を消した。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加