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夜想3-⑴
「瑠々田君、すまないが先に宿に戻っていてもらえないか」
店を出たところで、流介は満足げに目を細めている弥右に頼みこんだ。
「えっ、いいですけど飛田さんはどこに行くんです?」
「もう一度だけ『水晶宮』を見ておきたいんだ。警察が入りこんでばたばたする前に」
「飛田さんも意外と野次馬だなあ。……まあいいや、それじゃ僕は先に戻って馬車の塩梅でも見ながら待っていることにします」
「すまない。それじゃまたあとで」
流介は十字路で弥右に別れを告げると、そのまま体の向きを変え『水晶宮』へと引き返し始めた。
浜に向かって歩いてゆくと、やがてきらきらと光を反射する建物が見え始めた。
「おや、あの人は……」
西日を受けて光る温室の前に立っていたのは、有馬に温室の記録写真を頼まれたと言う大楠だった。
「大楠さん、ずっとここにいらっしゃったんですか?」
「ええ。……でも、間もなくここも閉めるそうです。もう一度、中を見て見ませんか?」
「中を?どうしてです?」
「より完璧な取材になると思うからですよ」
「完璧な取材?」
「実は私、あなたが書いた記事をいつも読ませて頂いているのです。今回の事件もひょっとしたら船頭探偵とか言う天才が解決してしまうのではありませんか?」
「それはまだなんとも……」
「たまにはその方を出し抜いて、名探偵の鼻を明かしてやりたいとは思いませんか?」
「えっ……馬鹿馬鹿しい。天馬君を出し抜くなんて思ったこともないよ」
「とにかくもう一度、中を見て見ませんか。もしかしたら名探偵の見落とした手がかりを見つけられるかもしれませんよ」
「そうかな……」
流介は大楠の不思議な勢いに促されるように再び、温室の扉を潜った。
※
「白石さんはこの、椰子の木の下に倒れていました」
大楠は有馬たちが白石の死体を発見した場所まで来ると、まるで自分自身が探偵になったかのような口調で言った。
「前のめりに転んだのなら傷は額につくはずです。……ですが、傷は頭の後ろにありました。ここから考えられることは、事故なら後ろから何かが飛んできた、事故でないのなら……」
「ちょっと待ってください、事故じゃないということは?」
「もちろん、殺人ということです。誰かが後ろからこん棒か石で殴った場合はああなりますよね」
「いったい誰が?温室は内側から鍵がかけられていたんですよ」
「鍵の件は置いておくとして、白石さんを殺害した人物がいたとしたら、なんらかの因縁があった方でしょうね」
「因縁……」
流介の頭に真っ先に閃いたのは、主の有馬だった。たしかバナナの木を植える場所のことで言い合いになっていたはずだ。
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