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夜想3-⑵
「怪しい人物と言えば、例えばこんな話もあります。有馬さんがこの温室のお披露目をごく親しい人たちの前で行った時、招待客の中に見たことのない小柄な外国人が混じっていたと言うのです。ひょっとしたらそのような招かれざる人物の中に、何らかの理由で密かに白石さんの命を狙っていた人がいたのかもしれません」
「仮に殺害されたとして、いったいどうやって?」
「はっきりとしたことはわかりません。ですが鍵を開けずに白石氏を殴る、あるいは何かをぶつけるということさえできれば少なくとも目的は果たせるわけです」
「そんなことができたら、世の中は下手人だらけですよ」
「ですから考えるだけ考えてみましょうと言っているのです。手がかりは、そう……」
大楠はそう前置くと、椰子の木の一番てっぺんを見上げた。
「今は何もついていませんがもしあそこに実がなっていて、白石氏が木の下を通りがかった時に落ちて来たらどうでしょう」
「それだったらただの事故でしょう。それに有馬さんや僕らが白石さんを発見した時、周りには木の実なんてありませんでした」
「片付けたとしたら?」
「片付けた?」
「つまり、この温室に一度も入らずに椰子の実を白石さんの頭に落とし、さらにその実を片付ける方法があるかという話です」
「あるわけないじゃないですか」
「まあ、普通はそう考えます。……でも、一応色々な可能性を考えてみましょう」
大楠はそう言うと、椰子の木のさらに上の天井を見上げた。
「飛田さん、もしあの硝子の一つが動いて開け閉めできるとしたら、どうです?」
「えっ……。仮にあの中の一枚が開いたとしても、あそこから中に入るには屋根にもぼらなくちゃならないし、上れたとしてもあの高さから木の上に降りてくるなんてできませんよ」
「では、鳥ではどうでしょう」
「鳥?」
「例えば鴉などは非常に頭がいいそうです。白石さんはよく、作業中に大きな鴉が上を飛んでいると、あれが僕に向かって「お前に明日はない」と言っているような気がして不安になる」などと言っていたそうです。鳥が天井から入ってきて木の実を落とす……これでは?」
「ありそうもないですね。鳥がガラスの天井を開けて実を落とし、落ちた実を片付けるなんて」
流介は探偵気取りで推理を口にする大楠にいささか呆れながら、感想を口にした。天馬と比べると穴だらけの何とも粗すぎる推理だった。
「じゃあ、この椰子の下じゃなくても他の木の下でもいいです。何か木の枝にでも光を反射してきらきら光る物をぶら下げたとします。それに惹かれて動物が侵入し、降りて来たところで白石氏と出くわした。驚いた白石氏は石か何かを拾って動物を追い払おうとする。その際に何かの不幸で石が手から落ち、動物に噛みつかれたか引っかかれたかした白石氏が転んで石に頭をぶつけた。起き上がっては見たものの再びうつぶせに倒れた……どうです?」
「もしもが多すぎますよ。いったいどんな動物にそんな器用なことができるんです?」
「さあ、それはわかりません。もしかしたら石ではなく太い木の枝で白石氏を殴れるくらい、器用な生き物だったのかもしれません」
「木の枝を……」
「私が思いついたのはそんな所です。この材料を元に面白い……これは失礼。記事にできるかどうかは飛田さんの腕次第です」
「腕も何も、一から十まで想像上の話ばかりではないですか。これでは推理とは呼べませんよ」
「まあ、色々な可能性……それこそ動物の仕業も含めて、考えて見て下さい」
大楠がそう言い終えた時、ばたばたと玄関の方で足音が聞こえ、兵吉が何人かの助っ人と共に姿を現した。
「……おっと、警察の方がいらしたようだ。素人捜査はどうやらここまでのようですね。では、私はこの辺で。ごきげんよう」
大楠はそういい残すと身を翻し、兵吉と入れ替わりに温室の外へと姿を消した。
「おや、飛田さん。留守番を買って出てくれたのですか。これは申し訳ない」
「いや、そうじゃないんです兵吉さん。実は大楠さんが……」
「大楠さん?」
首を傾げた兵吉に「いえ、別に……」と返事を濁すと、流介はやはり天馬と違ってすっきり解決とはいかないようだとため息をついた。
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