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夜想3-⑶
「先輩、今日はどうするんです?」
朝食を終えぼんやりしている流介に、事件の後とは言えまだまだ元気な弥右が訪ねた。
「ううん、明日の朝には発たねばならないから、できるだけあちこち見て歩きたいが……」
「やはり『水晶宮』のことが頭から離れないんですね。だったら、水守さんを探すのが一番手っ取り早いんじゃないですか?」
「天馬君を?」
「ええ。それで天才探偵の推理を一通り聞けは、すっきりして新聞社に戻れると思います」
「そうかな……」
いかにも少年らしい思いつきだと呆れつつ、そうかといって頭を切り替えることもままならない。頷ける部分もなくはなかった。
「でもあの男は常にあちこち動いているからなあ。いったいどこにいるやら」
「きっと現場の近くにいますよ。散歩を兼ねて行ってみませんか」
「温室にかい?あまりうろうろすると兵吉さんたちの仕事の邪魔になるんじゃないかな」
「だから彼らが来ないうちに行くんですよ。もし水守さんがいなかったら、その時は海岸に行きましょう。もしかしたら船が見られるかもしれません」
流介は弥右の好奇心いっぱいの瞳を見て、なるほどと思った。単に憧れの船頭探偵に会いたいだけではない。あわよくば探偵の家である『幻洋館』も見たいと皮算用をしているのだ。
「気をつけてくれたまえ瑠々田君。天馬君は今回、梁川翁と榎本公の案内人をしているのだ。粗相があってはわが社の信用に瑕がつきかねない」
「大丈夫ですって。こう見えても礼儀はわきまえている方です」
どこがだ、と皮肉を言いたいのを堪え流介が「天馬君が見つからなかったらどうするんだい」と問うと、弥右は涼しい顔で「その時はゆっくり湯に浸かって、その後『水華堂』でバナナ牛乳を頂けばいいんです」と返した。
※
「あっ……あなたたちはこの間の」
流介と弥右が川沿いに歩いていると、『水晶宮』の方へと向かう枝道の手前で、追い抜いた人物が驚いたように声を上げた。
「あ、ええと……確か尾藤さん」
流介たちを見て目を丸くしていたのは、南方の動物を多数飼っている尾藤九兵衛だった。
「記者さん、この間はどうも。あれから珍しい物には出会えましたか?」
「いやあ、お宅で拝見したもの以上に珍しい物は……」
「そうですか。私はこれから浜の方へ行ってみようと思っています。外国の船が港にちらほら来ているそうなので」
「えっ、外国船がこの辺りに来てるんですか。見てみたいなあ」
弥右は尾藤から外国船の話を聞いた途端、興味の方向をがらりと変え目を輝かせた。
「瑠々太君、行くなら先に行っていたまえ。僕は『水晶宮』をちょっと見に行って来る」
「そうですか?律儀に僕の提案に乗ってくれなくてもいいんですよ」
「そういうわけじゃない。一刻ほどしたら追いつくから、後で会おう」
「はあい、それじゃ、またあとで」
少年のような後輩は見習いの軽さそのままに、尾藤の背を追うように浜へと去って行った。
「やれやれ、あの調子じゃ一人前の記者になるのは二、三年後だな」
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