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夜想3ー⑷
まだ時刻が早いこともあってか、『水晶宮』の周りは静かだった。
そっと玄関に近づいた流介は、誰かが――いや見慣れた人物が堂々と建物内に入ろうとしているのを見て思わず声を上げた。
「――天馬君!」
「やあ飛田さん。飛田さんも現場が気になって訪ねていらしたんですか」
「まあ、そうとも言えるが……何か解決の役に立つ手がかりは見つかったかい?」
「そうですねえ、まあ僕なりに組み立てた推理があるといえばあるんですが……」
天馬は言葉を濁すと、「とりあえず、入ませんか」と流介を『水晶宮』の中へ誘った。
流介は舗道を進みながら、昨日の悲劇とは裏腹に平和な気分になった。葉の隙間から降り注ぐ朝の光に目を細めていると、「あれは誰かが仕組んだお芝居だったのではないか」と疑わしくなってくるのだ。
「天馬君、実は僕もいくつか自分なりに真相めいたものを推理してみたんだが……」
「飛田さんが?すごいじゃないですか。よかったら聞かせてください」
天馬は白石氏が倒れていた椰子の木の手前で足を止めると、興奮した口調で言った。
「まずこのような舗道の途中で意識を失うとしたら、仰向けに転んで頭を打ったというのがごく普通の見立てだ」
「そうですね」
「転んだのではないとしたら、上から何かが落ちてきたか、何者かに後ろから殴られたかだ」
「なるほど」
「見たまえ天馬君。舗道の脇に枯れた葉の一部が散らばっている。この辺りのどこかの木から落ちたものだと思うが、このあたりだけに多いというのが何とも気になる」
「そうですかねえ」
「そこでだ。僕が大楠さんから聞いた話を元に推理を組み立てると、こんな感じになる。尾藤九兵衛さんのところから一匹の猿が逃げだし、この『水晶宮』にたどり着いた。そして中の珍しい植物――もしかしたら猿の故郷の植物に似ていたのかもしれない――に心奪われ、中に潜りこみたいという気持ちを抑え切れなくなったのだ」
「それは興味深いお話ですね。もっと聞かせて下さい」
「猿はこの硝子の壁を起用によじ登り、ちょうどあの椰子の木の上あたりであることに気づいた。それははめ込んである硝子板の一枚が動くということだったのだ」
「白石さんが有馬さんに言っていた「気になること」ですね」
「その通り。そして猿は長い手を器用に使って硝子をずらし、温室の中へと潜りこんだに違いない。そして不幸なことにたまたまその時、白石氏が椰子の木の真下を歩いていたのだ」
「つまり猿の行動が、白石さんを襲った悲劇に関係していた、と」
「うん、それは今から説明するよ。猿は椰子の木のてっぺんに降り立つと、警戒しつつ葉を悪戯に揺すっていた。そしてその時、ひとつだけ残っていた実が折悪しく白石氏の頭上に落ちた……というわけだ」
「白石さんが倒れていたあたりに、椰子の実らしきものは無かった気がしますけどね」
「それは猿が食べたかどこかに隠したのだろう。とにかく、猿は椰子の木から硝子の隙間に飛び移ると、再び屋根の上に戻ったというわけだ」
語り終えた流介は、天馬がさほど感心している様子もないのを見ておやと思った。
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