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夜想3-⑺
「……しかし、白石氏は見つかった時、うつぶせになっていたぞ。一度起き上がってからくるりと体をひっくり返した、とでも言うのかい」
「その可能性もなくはありませんが、そうではありません。普通に考えれば起き上がりかけてそこで力尽きれば、やはり頭が後ろに倒れ仰向けになるでしょう。この場合は誰かがバナナの皮を片付け、白石氏の身体を「裏返し」たのです。頭の傷がよく見えるようにね」
「誰かが身体をひっくり返しただって?いったいなんのために?」
「さあ……特に理由などないのではないでしょうか。強いて言えば発見した人たちを混乱させるため……でしょう」
「馬鹿馬鹿しい、そんなことをわざわざする下手人がいるものか」
「いるかもしれませんよ。面白半分に人の不幸を眺め、死体や事故現場に細工をする人間が」
「しかし天馬君、君の披露した推理だって猿の話とどっこいの推理じゃないか。僕が猿を見てないことが物足りないというのなら、君の「バナナを拾って死体を裏返した人物」は、どこからやって来たんだい。天井は猿で無ければ入れない、玄関は鍵がかかっていたんだぜ」
「なぜそこでやめてしまうのです?上からは無理、横からも無理、ならば別の入り口があったかもしれない」
「別の入り口だって?」
「まあ僕もそんな入り口が存在するかどうか、この目で確かめたわけではないのですが」
天馬はそう言うと、突如何の前置きもなく移動を始めた。天馬が向かった先は、温室の一番奥にあるタイルでできた湯溜まりだった。
「天馬君、これは温泉を利用した暖房装置じゃないか」
「そうです。湯溜まりから溢れ下の穴に流れ落ちている湯がどこに行くかわかりますか?」
「どこへって……」
「湯が流れ込んでいるということは、そこに空間があるということです」
「まさか、下手人は地下からやってきたとでもいうのかい」
「その可能性はあります。どこかに人力で動かせる入り口のようなものがあれば……」
「おい天馬君、何を始める気だい」
湯溜まりの周囲をあらため始めた天馬に、流介が釘を刺そうとしたその時だった。
突然「ごとん」と言う音と共に池の縁にあった大きな石が動き、床の一角に大人一人がどうにか入れる大きさの「穴」が現れた。
「まさかこんな、井戸みたいな穴があったとは……」
「やはりありましたね。「第三の入り口」が」
天馬はいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべると、ためらうことなく床の穴に身体を押しこんだ。
「やれやれ、猿が下手人だった方がまだ穏やかな解決だったのになあ」
流介はひとしきりぼやきを漏らすと、天馬を追って暗く狭い穴の中へと入っていった。
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