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夜想3-⑻
「うわあ、なんだこりゃ」
狭い穴を六尺ほど降りた先に待っていたのは、洞窟のような長い横穴だった。
「何だと思います?」
「その口ぶりだとわかっているようだね。温室の下にこんな場所があるって君は確信していたのかい?」
「いえ、なにかありそうだとは思っていましたが……」
天馬の視線の先には天井から出ている鉄管と、流れ落ちる湯があった。そして湯はさらにその下――洞窟の中心を流れる「河」へと流れ込んでいた。
「この洞窟と河は一体、なんなんだい。人の手で作られたことは間違いないようだが」
「横穴はもしかしたら、元々あったのかもしれません。しかしそこに運河を掘ってお湯を流すというのは有馬さんか白石さんの案でしょう」
「なぜ地下に河を……それと流れ込んだ湯は一体、どこに行くんだい?」
「その質問には一つの答えで足ります。ここの湯は外を流れている松倉川に流れ込んでいます。温室と外の河が近いからこそ可能な仕組みです」
「じゃあこの運河は本物の河に流れ込んでいるのか」
「かつて欧州では、古代の洞屈を模した空間を城の地下に造ることが流行ったそうです」
「ふうむ……つまりこの運河は主の趣味と湯の循環装置を兼ねているというわけだな」
流介が思いがけぬ怪奇譚との遭遇に唸った、その時だった。
「くくく……よく見つけたな」
ふいに出口方向から声が聞こえたかと思うと、外光を背に黒い影が幽霊のように現れた。
「どなたです?」
黒い影は問いかけには応じず、流介たちの方へと突進を始めた。
「飛田さん、避けて下さいっ」
流介と天馬が左右に飛ぶと、黒い影はそのまま隙間に突っ込み突き当りの壁にぶつかった。
「ぐうう……」
黒い影は忌々し気に唸ると、その場で跳躍し地上に通じる穴の中へ姿を消した。
「あっ、逃げたっ」
思わず穴の方に駆けだそうとした流介を、天馬が「追っても無駄です」と引きとめた。
「なぜ無駄とわかるんだい」
「あの者はただの手下だと思うからです。ここの造りはわかったので、もう戻りましょう」
天馬は背後に見える「出口」を振り返ると、何かを確信したように言った。
地上に戻ると黒い影の姿はなく、天馬が石を動かすと再び「ごとん」という音がして地下への穴が消え失せた。
「さて、もう少ししたら警察が来るでしょうし、僕たちがこれ以上いても得る者はありません。いったん外に出ましょう」
天馬がそう言って玄関の方に足を向けかけた、その時だった。
「ずいぶんあちこち、探検をしてらっしゃるようですね」
突然、温室の中に声が響き渡ったかと思うと、舗道を見覚えのある人影が近づいて来るのが見えた。
「……大楠さん」
現れたのは、大楠寿範だった。
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