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夜想3-⑼
「どうです、事件の真相はつかめそうですか?」
「ええ、おかげさまで。あなたが何者かということも含めてね」
天馬がそう言うと、大楠はいきなり声を上げて笑い始めた。
「なるほどさすがは船頭探偵、どうやらまたしても目論見通りにはいかなかったようだ」
「またしても?」
流介が訝しんだ瞬間大楠は自分の「顔」を掴み、まるで果実の皮を剥くように毟り取った。
「――ああっ」
「やはりあなたでしたか、森町教授」
「ふふふ、いいところまでは行ったのだがね。どうやら思った以上に冷静だったようだ」
「教授、一体ここで何をしているんです?」
「やあ記者さん。あなたを通して名探偵を誤った推理に導くという「遊び」ですよ」
「遊びだって?」
「森町教授。人の死を利用してふざけた遊びをするなんて、幼稚だとは思わないのですか」
「思わないね。私にとって悲劇も喜劇も大した違いはない。私が惹かれるのは無秩序、悪、そして謎だ。君のように挑んでくれる人間がいるからこそ、私は「悪」を堪能できるのだ」
「それが幼稚だというのです、教授。先ほど僕たちを襲ったのは『羅宇』ですね?」
「その通り。怪しい外国人になりすましてこの温室の落成式に潜りこんだのも奴だ」
「あなたはご自分が手の込んだ遊びを企てるたびに、多くの人々が戸惑ったり右往左往したりするということに思いがいたらない。それはとても悲しく不幸なことです」
「あいにくだが自分のことはわからんよ。私はただ、心の赴くまま手の込んだ仕掛けを施すことを楽しむだけだ」
「僕も忙しいのですが、仕掛けを放置するわけにもいきません。飛田さんを利用して不幸な事故を殺人もどきにしようという企みになど、乗せられませんよ。諦めて去ることです」
「言われなくても去るさ、……こうしてね!」
森町教授はそう言うと、バナナを思わせる三日月形の物体を流介たちの足元に放った。次の瞬間へたの部分から白い煙が噴き出し、天馬の「飛田さん、鼻と口を塞いでください」という声が響いた。
「うう……げほっげほっ……天馬くんっ」
視界をすっぽり包んだ煙がいくらか薄れると、流介は近くにいるはずの天馬を目で探した。
「ここですよ飛田さん。どうやら教授は先ほどの「穴」から地下に逃げたようです」
「あの穴に逃げ込んだだって?その先はどうするつもりなんだ」
「穴から出た先は河で、それも河口にほど近い場所です。恐らく小舟か何かが用意してあって、そのまま海に出るつもりでしょう」
「くっ、結局何もできず終いか。僕らはずっと、教授の手の上で踊らされていたんだな」
天馬は湯溜まりの方をちらと見遣ると「これ以上、悪意の残り香を嗅いでいては旅の気分を害してしまいます。外に出ましょう」と言った。
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