夜想1-⑹

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夜想1-⑹

「ところで天馬君。君はこの『水晶宮』を見てどう思う?僕は硝子張りの建物に珍しい植物を封じ込めるという思いつきに、言葉を失ったのだが」 「そうですねえ。これほど大きなガラスの城があったら、僕ならエジソンらが開発しているという「動く写真」を撮ってみたいですね。そう、たとえばジューヌ・ヴェルヌの『地球から月へ』なんかがいいですね」 「ヴェルヌだって?」 「動く写真はいくつもの絵を長い帯のような物に映しとってそれを引っ張っているのです。だから動かすのを止めて別の絵を入れると人や物が出たり消えたりするはずで。摩訶不思議な科学物語にぴったりだとは思いませんか」 「ううん、なかなか普通の人にはそう言うことは思いつかないだろうな」  流介は半ば呆れていることを悟られぬよう、神妙な口調で言った。 「それじゃあ僕らは榎本公と梁川様の所にいったん、戻ります。またお会いしましょう」 「そうだね。僕たちは明々後日までいる予定だから、見かけたら声をかけてくれたまえ」  流介が天馬たちと別れ亜蘭たちの元に戻ると、亜蘭と兵吉が道端に立ったまま何やら押問答を繰り広げていた。 「どうしたんです、兵吉さん」 「亜蘭の奴が、宿に戻って写真機を取って来たいと言ってきかないんだよ」 「ははあ、この『水晶宮』を写真に収めたいというわけですね。明日でもいいじゃないですか」 「明日まで待っていられないわ。ああ、こんな素敵な建物とわかっていたら持ってきたのに」  駄々をこねる亜蘭を兵吉が「また来ればいいじゃないか」と子供をあやすように宥めた、その時だった。 「あ、あのひとっ」  突然、亜蘭が興奮した声を上げると、流介たちの輪から飛び出し『水晶宮』の傍で写真機らしき箱を構えている人の方に駆けて行った。 「やれやれいくら家業が写真館とはいえ、誰彼構わず声をかけては危ないだろうに」 「すみませんみなさん。妹は昔からああで、止めようとしても面倒が増えるばかりでどうにもならないのです」  皆の心配をよそに亜蘭は男性と何やら言葉を交わすと、流介たちに向かって「来て」と手招きをし始めた。 「兄さん、こちら大楠(おおぐす)さんっていう学者さんで、この『水晶宮』のご主人とお知り合いなんですって」 「ああ、そうなのか……はじめまして、妹がぶしつけな真似をして申し訳ありません。私は平井戸兵吉といいます。仕事は巡査をやっております」 「はじめまして。私は大楠寿範(おおぐすひさのり)と言います。この『水晶宮』の主、有馬豪太(ありまごうた)氏に頼まれ、建物の写真を撮っている所です」  大楠と言う男性は写真機の箱を抱えたまま自己紹介すると、兵吉にぺこりと一礼した。
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