夜想1-⑼

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夜想1-⑼

 有馬は奥の一角で足を止めると、目の前の丸く囲われた部分とその上の天井を示した。 「ここに植えられているのは椰子という植物で、主に南方の島に生えているものです」  有馬がそう説明すると突然、白石が「私はここに別の物を植えることを勧めたんですがね」とやや不満そうに口を挟んだ。 「いや、見た目的にもこれしかないと私は思います。硝子の輸送費を一部肩代わりしてくれたことだし、白石君の希望はできるだけかなえたいのですが……ここは私の宮殿ですし」 「まあ、造園業もやっている身からすると、色々と言いたいことがでてきてしまうのです」  四方に伸び巨大な葉や目が痛くなるほど鮮やかな花を眺めているうちに、流介はいつしかそこが北の温泉地であることを忘れそうになっていた。 「この植物もすべて、南の国から輸入したものですか」 「そうです。南の方には椰子やバナナといった面白い実をつける植物がたくさんあるのですが、白石さんが特に強い関心を寄せているのがあそこにある。バナナの木です」  有馬がそう言って奥の壁に近い一角を目で示すと、白石がなぜか硬い顔つきになった。 「バナナは陽当たりがよくないとうまく実がならないので、できればこの温室で一番、陽当たりのよい場所に植えてくれと頼んだのですが……」 「まあ、そのうち考えておきますよ。どうせ今年はまだ実が成らないのでしょう?」 「それはまあ、そうですが……」  白石は巨大な葉をつけている木と有馬を交互に見ると、ふうと重いため息をついた。 「バナナと言うのは変わった名前ですが、どのような実がなるんですか?」  流介が尋ねると、有馬は「黄色くて三日月のように曲がった長い実がなるのです。皮を剥くと熟した白い果実が現れるのですが、これが何ともねっとりして菓子のように甘いのです」と言った。 「へえ……」  流介は南方の見たこともない果実をぼんやりと思い浮かべた。 「実がなったらぜひ、見てみたいですね」 「もちろん、そうしたいところです」  白石はまるで自分が温室の主であるかのように、興奮した表情で言った。 「あの椰子の木のあるあたりをバナナに譲ってくれれば間違いなく、二年後くらいにいい実がなるはずですから」 「白石さん、二年先のバナナよりまずは見栄えのする木で人々の目を楽しませることが大事です。果物屋を開くというなら話は別ですが」  有馬の自信に満ちた口調に、白石は何か言いたげな顔のまま沈黙した。よほどバナナとやらに思い入れがあるのだろう。
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