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夜想1-⑴
「温泉に行って来い?温泉と言うと、谷地頭のあたりですか?」
こいつはいい、ことによると取材を兼ねて風呂と蕎麦が楽しめるのでは、と流介は内心で舌なめずりをした。
「違うよ、飛田君。下湯川村の方だ。うちの新聞でも何年か前に取り上げた、湯治場だよ」
「湯の川ですか……」
「あそこに今度、馬車鉄道を走らせるという計画が立ちあがったそうで、どのくらい道が整っているかを調べて記事にして欲しいと頼まれたのだ」
「……つまり、歩いて行脚しろと?五稜郭より遠いじゃないですか」
「察しがいいじゃないか。宿を取っても構わないし、取材が終わったらゆっくりできる」
「はあ、さようで……」
「取材の名で堂々と温泉に浸かる旅ができるのだ、いいと思わないかね?」
「ありがたい話と心得てますよ。歩きさえなければね」
「馬車を手配してもいいのだが、何せ悪路だと……おっと、まあとにかく骨休めと思って楽しんで来たまえ」
やはり悪路だったのか、古狸め。面倒な取材を若手に押しつけた先輩記者を、流介が心の中で罵ったその時だった。
「僕、馬車の手綱なら小さい時から操ってます。御者をやってもいいですよ」
突然、部屋の隅からひょっこりと姿を見せたのは、流介よりいくらか年下と思われる男性だった。
「君は……」
雑用係みたいな少年がいるなと何となく思っていた流介は、いきなり割り込んでくる大胆さに思わず眉をひそめた。
「あ、飛田君、紹介するのを忘れていたが記者見習いの瑠々田弥右君だ。まだ十八歳だが体力があって頭の回転も速い。君が記者のいろはを手解きしてくれると助かるのだが」
「十八歳……僕より五つも下じゃないですか」
「よろしくお願いします、先輩」
どことなく天馬を生意気にしたような弥右は、悪戯っぽい目をこちらに向けると丁寧に頭を下げた。
※
「やあ、向こうに湯宿らしきものが見える。飛田先輩、あと少しの辛抱ですよ」
激しい揺れに尻の皮が二、三寸は厚くなったと思われる頃、手綱を器用に裁いていた弥右が言った。
「あっちの方に微かに見えるのが湯倉神社かな。宿に馬を繋いだら行ってみましょう」
山の手を出て数刻、すっかり悪路にやられた流介を尻目に弥右は若さを持て余すかのようにはしゃいだ声で言った。
流介と弥右は浜に近い場所に建っている番屋を改造したらしい宿に馬車を繋ぐと、近くにあるという神社目指して歩き始めた。
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