ただ、会いたくて

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 伊村先輩は別にイケメンじゃない。目立つタイプの人でもない。  ただ、人のことをよく見ている。  私が伊村先輩と関わったのはそんな先輩だったからだ。  夏の暑い日、美化委員の草むしりで熱中症になりかけた私に気づいて、さりげなく日陰に誘導してくれた。たったそれだけ。  たったそれだけだったけど、その優しさがなにより嬉しかったんだ。  それからも、気づけば先輩はいつも人をフォローしていた。美化委員なんて地味な仕事で、嫌々やっている人がほとんどだったのに、先輩は文句ひとつ言わなかった。  今でも覚えている、落ち葉の季節の外掃除。  どれだけやってもきりがなくて、ついイタズラ心が芽生えて、しゃがんでいる先輩に向けてかき集めた落ち葉を思いっきり舞い上げた。ハラハラと舞い散る様を想像したのに、それらはバサッ! っと勢いよく先輩に降り注ぎ、落ち葉まみれになったっけ。  それでも先輩は怒らなくて。しょうがないな、って笑いながらかき集めてくれたんだ。  その笑顔が、いつもと違っていて。  あぁ、もっと先輩の色んな表情がみたい、って思った。  その時、先輩から渡された真っ赤な紅葉。  子供の頃、栞にしたなんて話をしたら『作ったらくれるか?』なんて言うから、頑張って栞を作ってみた。今は百円ショップにお手軽なラミネートがあってそれを使ったから、きっと色褪せない。  真っ赤な紅葉の栞を、先輩は今、使ってくれているだろうか?  そして私は、伊村先輩の背中に付いていたイチョウの葉っぱをこっそり持って帰ってきて、栞を作った。気分が上がるように可愛らしく作った栞を、勉強のお供でいつも傍に置いている。  この栞を見るたび、先輩の事を思い出す。それはラミネートされたみたいに私の中ではまったく色褪せることがなかった。
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