東京3

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東京3

 女子高生の一人乗りは極めて珍しかった。必ずと言っていいほど二人組だからだ。しかも切り揃えられた前髪から覗く目は、明らかに怯えていた。男性が怖いのか、チケットの用紙を見せる際に私から少し身を引いているように思えた。 「あ、の。中で。電話しても。いい、ですか?」 「発車までならいいですよ。自由に過ごしてください」  わずかに微笑んだ気がした。しかし体に不似合いな小さなリュックを背負いバスに乗り込んでゆく後ろ姿は、どこか痛々しく見えた。 『新蔵(にいくら)姫乃(ひめの)』  タブレットの乗客リストを読み返す。家出の可能性が高いと思った。ただ電話をする先があるという事は、確かな行先があるのかもしれない。サービスエリアで姿を消すような事だけはないようにと祈った。  経由する停留所で人数は上下するものの、始発で定員の半分の席が埋まった。平日にしては多く、女性客が多かった。 「あと一人か」  搭乗手続きは一人を除いて全て終わっていた。来ても来なくても発車時刻には出発する。キャンセルされない空席は珍しいことではなかった。それが幸運を意味するのか、不幸を意味するのかは分からいが、運行が終わるまでは誰かがお金を出して買った席だ。だから勝手に荷物など置かれないよう配慮するのが私のやり方だ。全員が席に着いたのを確認して運転席で待機した。 「それでは発車します」  発車時刻を一分過ぎた所で扉を閉めエンジンをかけた。アナウンスをしてバックミラーを見ながら、ゆっくりとバスを走らせる。 「高速に乗りましたら車内消灯いたします。途中サービスエリアでの休憩時も点灯はいたしませんのでご了承ください。具合など悪くなった方は、遠慮なく運転手の來間(くるま)伸也(しんや)までお声かけください。走行中は足元が悪いのでお気をつけください」  私は今日も多くの人の想いを乗せたバスの命綱(ハンドル)を握る。それが往復だろうと片道だろうと、今この時間だけは運命を共にしている。そう思うことで気を引き締め、私は今日も夜行運転の旅に出る。 〈チャプター東京〉
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