渋谷1

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渋谷1

「ここまでこられましたのは、一重にカンパニーの頃より、お力添えいただいた皆様のおかげです。その感謝もこめ、今日は盛大にアバロンコーポレーションの第一歩を祝いたいと思います。どうぞ楽しんでいってください。今後とも、よろしくお願いします! 」  大河(たいが)がスピーチを締めくくると、ゲスト達の歓声と一緒にDJの流すクラブミュージックがボリュームを上げた。私は離れた会場の隅で、飲みもしないシャンパンを片手に、体も心も動かさずに視線だけを窓の外に向けた。  眼下には何故だか世界的に有名になった渋谷のスクランブル交差点。その上で群衆が描く意味を成さないドット絵が、徐々に幾つもの線となって放射線状に散ってゆく。そしてその軌跡を拭き取るように車が流れだす。  二人で夢見ていた未来図は、着実に描かれていた。はずだった。でも気が付けばそれは私達を置いてけぼりにして、見える景色だけを変えていた。 「私だけか」 「何が?」  額をコツンと窓ガラスに当てると、影になった部分に花束を抱えた大河が映っていた。今日の主役でもあるアバロンコーポレーション社長の大河は、一歩あるくごとに人に囲まれる。それを抜けて、わざわざ私の所まで来てくれたわけだ。 「ううん。おめでとう」 「パートナーとして隣に居てよ(なぎ)」 「嫌だよ、恥ずかしいもん」  大河は少し頬を膨らませて肩をすくめた。 「俺のスピーチどうだった」 「泣けた」 「即答じゃん。泣いてないじゃん」 「ほら、みんなが呼んでるよ社長。夢の第二ステージ、頑張って」  無邪気な笑顔を見ていたら、また気持ちが揺らいでしまう。私は大河に後ろを向かせると、送り出すようにその背中を叩いた。 「後で呼ぶからステージまで来てよ」  振り向いた大河の目を私は真顔で見つめた。 「サプライズなら止めてね」 「えっ」 「この大舞台で恥はかきたくないでしょー」  私はもう一度、大河を振りかえらせて背中を叩いた。会場の外に設置された温水のナイトプールから、パーティーの彩りに雇われたキャンペーンガールやラウンドガールの経験がある女性たちが手を振っている。プールサイドのカクテルバーでも来賓客が大河に手招きをしていた。皆、パーティーの熱気で寒さも感じないらしい。 「ほらほら!」  両手で背中を押すと、大河は「終わったら、ちゃんと話そう」と言って振り向かずに消えてくれた。私は、眉間に皺を寄せ涙をこらえる顔を見られずにすんで助かったと思いながらシャンパンを飲み干した。初めての味は、喉に痛みだけを残した。
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