六本木3

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六本木3

 ロッカーズのポールダンスは、ダンスに集中して酔ったお客の空虚な時間とチップという優越感を満たせばいいだけだった。特に何かを求めることも、求められることもない。  私は体が反応して踊っている間、頭の片隅でもう潮時かなと考えていた。プロを諦めたにしても、少しでもお金に繋がれば嬉しいと思っていた。でも今時こんな店でチップをもらうよりSNSで動画投稿なりライブ配信なりをした方が、多くの人にもらえるしギフトで反応もしてもらえる。顔出しできる人たちが羨ましかった。  実家に帰って昔みたいに趣味で踊っていればいい。そう思えても、せめて最後にダンサーとして納得のゆく踊りで終わりたい。そうでしか今を捨てるきっかけがなかった。  深夜四時に閉店。今日もいつもと変わらない、良く言えば平凡な一日が終わった。何を食べに行こうかと話しているメインダンサーたちから気配を消すようにバックヤードの隅で着替えた私は、裏口から店を出ると駅方向を避けて東京タワーの方へと歩き出す。始発待ちのお客と会って、食事にでも誘われたら最悪だ。過去に翌日の出勤まで突き合わされて散々なめにあった私は、タクシーさえ滅多に通らない大通りに渡り、やっと肩の力が抜けた。落ち着いてスマホを取り出すと、珍しく通知ランプが点灯していた。  それは高校生時代にメッセージアプリを交換した数少ない友人の一人からだった。友人と言っても、削除する必要がないくらい連絡を取り合っていない仲になっていた。同窓会みたいな誘いだったら嫌だなと思いながら、メッセージに目を通した。  それは意外な話だった。彼女の会社主催のパーティーでダンサーを探しているという。多感な時期とはいえ、たまたま友達になるしかなかったシステムの中で、私の幼い夢の話を覚えていてくれたことに驚いた。そして連絡までくれたことに応えたいと思った。
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