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渋谷3
「和さん」
「あら専務。お疲れ様」
「やめてくださいよ。常務」
肩書きいじりで笑い合った志斗くんは、大河が一番最初にアバロンカンパニーの一員として口説き落とした弟みたいな子。大河の右腕にして良き理解者だ。
「大河さんと一緒に回らないんですか?」
「それは、あなたの役目。私は日陰でいーの」
「日陰だなんて! 後で日の目を見ることになりますよ」
「サプライズなら断った」
いたずらっ子みたいに微笑んだ志斗くんの顔が、私の言葉に固まった。
「断ったって……え? サプライズの内容聞いてます?」
「それサプライズて言う?」
「そうですけど。えー?。でもサプライズはバレてるし」
笑う私に、志斗くんは頭を掻いて困り顔。
「女の勘てやつ? 当たっちゃったから断った」
「どうしてですか! 二人の夢を掴んだのに」
「そうねー。掴んだねー。志斗くんはさ。ゼンマイのおもちゃって知ってる?」
「ゼンマイのおもちゃ、ですか? 後ろに引いて手を離したら走る車、とか?」
「そうそう。そのゼンマイは分かる?」
「銅板を巻いたようなやつですよね」
「それ。伸びちゃったゼンマイは、もういくら巻いても前みたいには動かないんだって。交換するしかないんだって」
「それ、二人の事と関係ありますか?」
私は窓の外を見る。ガラス越しに真剣な志斗くんの顔が見えた。
「夢がね。夢じゃなくなっちゃんだ。アバロンカンパニーが軌道に乗り始めたら、大河はたっくさんプレゼントをくれるようになった。ブランド品だったり、豪華な食事とか」
「それは! 和さんが大河さんの為に苦労をしてきたから。その感謝と、これから恩返しをしたいっていう」
「分かってる。分かってるよ。嬉しくないんじゃないの。でも掴んだ夢は形が違ってた。とっくに、みんなの夢になってたんだよね。私は苦労なんてしてないし、感謝とか恩返しより傍に居たかっただけ」
「だったら、なおさらじゃないですか!」
真っ直ぐな視線で志斗くんの声に力が入る。そうやって向き合ってくれるのは嬉しい。
「わがままなんだけど、私はやっぱり昔の大河が好き。今の志斗くんも、みんなも。だから、みんなの夢を育てて欲しい。邪魔はしたくない。だから交換。ごめんね。パートナーは任せたよ。私はあそこに居られない」
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