1 黒き魔女

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 わたしって、空気みたいな存在だ。  たしかにここに存在するのに、色はついてないし、音を発しないから、だれも気にとめたりしない。  今日もにぎやかな教室の片すみで、わたしはひとり、図書室で借りたファンタジー小説を読んでいる。  からだは教室にあるけれど、意識はファンタジー世界にあるんだ。 「こーら、岩田! 居眠りするんじゃない! ぶったるんどる! 反省しろ!」  クラスメイトの男子が先生のモノマネを始めて、みんながどっと笑った。  小説に没入していた意識が現実世界へと引き戻されて――。  思わず、ため息がこぼれる。 「ねえ、トイレ行くから、ついてきて」 「えー、もうすぐHR(ホームルーム)始まるよ? 矢島(やじま)先生うるさいから、はやくしてね」  うしろから、女子の小村(こむら)さんと佐々木さんの声が聞こえてきた。  ふたりが、あわただしく、わたしの席の横を走りぬける。  ガタッ!  わたしの机の脚に、佐々木さんの足が勢いよく当たった。  びっくりして肩が()ねあがる。 「あっ、吉丸(よしまる)さん、ごめんね」  佐々木さんは立ち止まって、あやまってきた。 「いえ……」  わたしは佐々木さんの目も見ず、大きくズレた机を戻す。 「暗いなぁ」  ぼそりとつぶやいて、佐々木さんは駆けていった。  ――暗いなぁ。  聞こえよがしなそのつぶやきは、わたしの胸にトゲのように刺さった。  ――吉丸さんって、暗いよね。  もう何十回、何百回と言われたけれど、慣れることなんてない。  言われるたびにしっかり傷つく。  女子に陰口をたたかれているのを偶然聞いてしまったこともある。  ほかに、わたしの知らないところでも、きっと笑われているに違いない。  ふたたび本をひらいたものの、わたしの目線は文字をすべっていくばかり。  担任の矢島先生が入ってくるまで、意識がファンタジー世界に飛ぶことはなかった。 「おーい、席につけよー」 「やべっ!」  席を立っていた子たちは、蜘蛛の子を散らすように、それぞれの席に向かった。  そこへ、遅れて小村さんと佐々木さんが入ってきて、矢島先生の眉間にしわが寄る。 「こーら、遅いぞ」 「ごめんなさーい」  ふたりがキャッキャ言いながら席につく。  すると、岩田くんが口をとがらせた。 「先生ずりーよ。女子には甘いんだからなあ」 「ん? 先生は男女で差をつけたりしないぞ?」  心外だというように腰に手をやる矢島先生。  岩田くんはニヤニヤして、 「おれが遅れてきたら、アレを言ってたはずですよ。なあ、岡?」  と、岡くんに目配せした。  岡くんは待ってましたと言わんばかりに立ちあがって。 「こーら、岩田! 遅れるんじゃない! ぶったるんどる! 反省しろ!」  さっきよりもクオリティが上がっているモノマネに教室が沸いた。  みんなの笑い声が響く教室で、ひとり、うつむいているわたし。  ちょっと口元がゆるんだけれど、笑っているところを見られたくない。  わたしは、ぎゅっと強く、くちびるをかんだ。
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