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天候は荒れる一方だった。砂嵐は雨に変わり、風が吹き荒び、雷鳴が轟く。
ふと顔を上げると、目の前を一つの人影が歩いていた。背丈は俺と同じくらいで、今度は小さい人影の手を握っていない。遠ざかるその背中に、俺は見覚えがあった。
「父さん……」
突如、地響きが鳴った。迷路の壁が軋み、唸りを上げ始める。
けたたましい音でチャイムが響き渡った。
「お客様に迷子のお知らせをいたします。五歳くらいのお子様があなたをお待ちです。至急来た道をお引き返しくださいませ」
俺は踵を返し、全速力で通路を駆け出した。膝を抱え泣きじゃくる奏音の姿が頭に浮かぶ。餅みたいな頬、歯抜けの跡、ひょうきんなダンス、汗で張りつく前髪。俺の心を温める、まぬけで、馬鹿げていて、けれど愛おしい。
「奏音! 返事をしてくれ!」
絶叫と共に嵐が止み、暗幕を張ったように空が暗くなる。浮かび上がったのは、満天の星だった。そばかすのような小さな星、尾を引いた流れ星、土星のような環を持つ星。いつか見た、自由で力強く、眩い光。
光の柱を目印に道を突き進むと、奏音が手を広げ俺に飛びついた。
「置いて行ってごめん」
「ううん」
「会いたかった」
「ぼくも」
小さな体をぎゅっと抱きしめる。そびえ立つ壁は轟音を立てながら崩壊し、最後のエレベーターに続く一本道だけが残されていた。
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