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父さんはあの頃の姿のままだった。髪型も服装も忘れやしない。五歳の俺をショッピングモールに連れて行ってくれた時のまま。
「なあ、知ってる? 俺さあ、五歳の子どもを預かってるんだぜ。絵莉子の息子。まだ数日だけど、いやあ、子育てって大変なんだな。公園で遊んだら服は砂だらけ。家でまともに仕事もできないしさ。くっついて寝たら熱いのなんのって。あれじゃ夏はキツいよな」
何か言いたげに父さんが口を開く。俺はそれを遮るように捲し立てた。
「常に気張って守んなきゃいけないし、落ち着いて好きな飯も食えない。それでこっちの気も知らずに『ママがいい』なんて言われた日にゃ、嫌にもなるよな」
目が痛い。頭が熱い。俺は怒りたいのだろうか。許したいのだろうか。それとも。
「あの頃の父さんって、確か二十五とかだろ? 凄いな、立派だよ。俺は今三十二だよ。父さんよりずっと年上で、奏音といたのはたった数日。それでも難しかった。一度間違えもした。でもさ、捨てるなんてできなかったよ」
俺はずっと確かめたかったのだ。
「父さん、どうしてあの日俺を置いて行ったの?」
顔を上げた父さんは大粒の涙をこぼしていた。
「ごめん、壮平、ごめん」
父さんはしゃくり上げながら何度もそう繰り返した。俺も父さんも、子どもみたいにわんわん泣いた。
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