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着替えのあとも、ルシアナの話は止まらない。ナナに髪を乾かしてもらいながら、泣きながら彼女の話は続く。
「わたしはデュラン様を馬鹿だ無能だと罵って、それよりももっと酷いことをたくさん言ったわ。だけどね、あの人悲しそうに笑うのよ。何を言われても、やっぱり笑っているの」
「………」
「彼の妹が、お兄様を馬鹿にしないでって、かわいい顔を真っ赤にして怒ったわ。従順そうに見えていたのに、わたしに歯向かうなんて何て生意気なの!って…あの子を階段から思いっきり突き落とした。いちばん上から落ちたから、死んだのかな?って思ったわ。だって全然動かなかったもの…」
ナナの手が止まり、鏡の中のルシアナを見る。
ルシアナは顔面蒼白でカタカタと震えていた。
「姫様、それは夢の話ですよね?」
「……」
ルシアナはゆるゆると首を横に振る。
「過去に起きた、現実の話よ…」
ナナが理解するのを待つことは出来なかった。
他人に話すことで精神のバランスを保たなければ、ルシアナは壊れてしまう。
「わたしが処刑されるときね、処刑を見物に来た妹さんは車椅子に座っていたわ。助かったのねって…すこしホッとしたのを覚えてる。牢の中でいろいろなことを考えたの。考える時間はたくさんあった。わたしは、どうしてこのようなモンスターになってしまったのかなって…」
ナナがハッとして鏡の中のルシアナを見つめる。
三人兄妹の末っ子のルシアナ。
上の兄妹とは十五歳も歳が離れていた。
ルシアナの兄は次代の王となるべく厳しい教育を受け、姉は国内の最大派閥に嫁ぎ、夫を支えている。
上の兄妹の将来の基盤が整ったとき、遅れて生まれてきたのがルシアナだった。両親の良いところを全て受け継いだような、とても可愛らしく美しい赤ん坊だった。
「ルシアナは自由にさせる」
陛下も妃も末の姫には甘かった。
欲しがる物は全て与え、彼女の希望はなんでも叶えた。溺愛というよりは、まるで愛玩動物をかわいがるような接し方であったため、周囲は都度、両陛下に苦言を呈して来たが、聞き入れられる事はなかった。
小さなルシアナは、泣き真似で両親を操ることを覚え、自分に厳しい他人には癇癪を起こして暴れ、物を壊すを繰り返していた。
「成長すれば落ち着くだろう」
陛下の言葉はあまりにも楽観的であったが、なんとその予言は的中した。ルシアナの五歳の誕生日。その日を境にルシアナの性格は見事に反転した。
勝ち気で我儘な娘から
怯えて控えめな娘に。
別人と魂が入れ替わったと、そう思うほどに人格が変わってしまったのだ。
「……姫様が夢を見始めたのは、確か五歳のころでしたね」
「ずっと恐い夢だと思っていたけど、夢ではなかったのよ。ああ…夢だと思っていたほうがずっと良かった…これはきっと、神様がわたしに与えた罰なのよ」
「………」
「あの人たちを、悪魔のような顔にさせてしまったのは、ほかの誰でもない、わたしだったのよ…」
両手で顔を覆い嗚咽を上げるルシアナ。
ちょうどそのとき、部屋の扉をノックする音が聞こえた。ナナが扉を開くと、そこにはデュランが立っていた。
「食事はどうするのかと思って聞きに来たのだけど」
鏡の前で泣いているルシアナを見て、デュランは眉を下げ悲しげに笑った。
酷いことをたくさん言ったわ
それでも悲しそうに笑うの
デュランの笑顔をみて、ナナはルシアナの言葉を思い出していた。言伝も侍従を使わず自ら足を運ぶデュランに対して、ナナは深く頭を下げた。
「姫様は少々人見知りのところがありまして、申し訳ありません。食事はお部屋に用意していただけますか?」
「そのほうが良さそうだね」
そしてナナに対しても、彼はまた悲しげに笑ったのだった。
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