泣き虫王女と笑う王子

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 幸せって何だろう。  幸せの定義とは。 「私が思う幸せとは一瞬一瞬の小さな喜びの積み重ねだと思います。姫様は難しく考え過ぎです」  ナナが食事の後片付けを手際よく進める。  その様子をぼんやりと眺めながらルシアナは呟いた。 「きっと牢の中で、ひとりでいる時間が長かったせいね。実はね、断頭台に立った時すごくホッとしたのよ。牢での生活が辛くて、やっと終わりにしてもらえるんだって思ったら、その時一瞬だけ幸せな気持ちになれたんだわ」 「姫様…論点がズレ初めています」  ナナが渋い顔をした。  過去のトラウマがルシアナの健全な思考の邪魔をしている。  ルシアナ本人は贖罪だと言い張るが、懺悔される側としてみれば、ルシアナに嫌がらせをされた記憶など持ち合わせていないのだから戸惑いしかない。  だから相手を幸せにした分、きっと同じだけの幸せがルシアナにも返ってくる。    ナナは日ごと増えていくぬいぐるみを見ながら思うのだ。あのぬいぐるみはルシアナが元気になることを願って届けられている。 「姫様、デュラン様が姫様に見せたい場所があると仰っていましたよ。まずはその願いを叶えてあげましょう」  それは願いなのかしら?と首を傾げながらもルシアナは「わかったわ」と承諾した。 ◆ 「ああっ!!デュラン様!ゴシゴシしてはダメです。優しく押さえる、または受け止める感じでお願いします」  デュランがルシアナに見せたいと言った場所。  それはどこまでも広がる広大な麦畑だった。  ちょうど夕日が沈む時刻に差し掛かり  残照で黄金色に輝く麦畑は、この世のものとは思えない美しさだった。  立ったまま泣いているルシアナを見て、デュランが慌ててハンカチを出した。涙を拭おうとすると、そこにナナからダメ出しが入ったのだ。 「姫様専用のハンカチがございますので、これをお使いください。非常に柔らかいので肌に優しいのです」  デュランがナナから特別仕様のハンカチを受け取り、恐々とルシアナの頬にあてる。ルシアナは麦畑に風が通り抜けて出来る風紋を見ていた。 「デュラン様……この素晴らしい景色を、わたしは一生忘れません…」  そう呟いてデュランの顔を見つめた。  そこにデュランのいつもの笑顔はなかった。  ルシアナをみる目が真剣だったので、驚いた彼女はつい尋ねてしまった。 「デュラン様……幸せですか?」 「え?」 「あなたはいま幸せですか?」  ルシアナのあまりにも必死な様子に戸惑いながらも、デュランは答えた。 「ああ……僕はとてつもない果報者だよ。いまそれを実感しているところなんだ」  答えながら弾けるような笑顔になるデュラン。  彼の答えに安堵したルシアナも、つられて笑顔になった。 「姫様……笑いましたね」  ルシアナの美しい笑顔を見て、ナナが目を見張り放心したように呟いた。 「姫様に十五年お仕えして初めて見ました…」  ナナの言葉にルシアナは思案顔になる。こころが満たされたと思ったら、自然に笑顔ができた。これがナナの言っていた小さな喜びのひとつなのかも知れない。 「君は?…ルシアナは、幸せ?」 「…………」  デュランが優しく微笑みながら、ルシアナの顔を覗き込んだ。 「もしそうじゃなかったとしても、僕が君を幸せにすると約束するから」  少し寂しげに笑うデュランを見て、ルシアナは慌てた。 「待って!違いますわ!わたしがデュラン様を幸せにするのですよ。そうでなければ、わたしが存在する意味がありませんもの。この先何度でも、デュラン様に幸せですか?とお聞きしますから。もし幸せでなければ、わたしがその度に幸せにして差し上げますわ」  デュランは目を丸くして固まった。 「……なんてかわいいことを言ってくれるんだ…このひとは…」  感極まったデュランは、思わずルシアナを腕の中に閉じ込めた。夕日がすっかり落ちて、辺りが暗くなるまでデュランはルシアナを抱きしめて離さなかった。
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