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ルシアナは、幼い頃から繰り返し見続ける夢に、ずっと悩まされてきた。
それは小さな子どもにとって、あまりにも凄惨な内容だったので、真夜中に飛び起きては狂ったように泣き叫び、家族や世話係の侍女たちを困らせていた。
夢をみるのは夜だけではない。
昼間も見るので、これは未来視か予知夢なのではないかと、自身が成長する過程で疑惑を持ち始めてもいた。
そして今。
ルシアナは確信していた。
あれは夢じゃない。
あれは自分の過去の記憶だと。
「姫様…」
ガタゴトと揺れる馬車の中、向かいの座席に座る侍女が慌てて真っ白なハンカチを取り出した。
ルシアナの美しい瞳から、大粒の涙が溢れてきて、ポタポタとドレスの布地に濃いしみを作った。
たった今、国境を越えた。
ルシアナは、お隣の国ストラミネアに嫁ぐため、ひと月近く旅して来た。そして先ほど国境で待っていたストラミネアの馬車に乗り換えたところだった。
一面に見渡す広大な穀倉地帯。
ストラミネアは強国に挟まれた小さな国ではあるが、国土の半分を肥沃な土地で占め、近隣国の食料庫とも呼ばれる豊かな国だ。
国同士の友好の証。
それが今回の輿入れだと聞いている。
「姫様、明日にはお城に着くと聞きました。涙を止めないと泣いていたことがわかってしまいます」
侍女が化粧の道具箱を片手にルシアナの隣に移動して来た。ハンカチで涙を拭ってくれるのだが涙は止まらない。
恐ろしくて恐ろしくて、仕方がないのだ。
さっきから眼下に流れる風景は、あの悪夢…いや、過去の記憶のそのままを正確に辿っているのだから。
日が暮れて朝が来て、太陽が南中に位置する頃、ルシアナを乗せた馬車は城の門を潜った。
庭園を大きく迂回して、馬車止めにゆっくりと停車したとき、彼女の緊張は極限に達した。
「姫様…」
侍女が小さな声で励ましている。
後ろからそっと背中を押され、馬車から降りるように促される。開かれた扉の先には、白い手袋をつけた男性の手が差し出されていた。
もう逃げられない。
ここまで来てしまった。
震える指をその手に乗せると、柔らかく微笑む男性の顔が覗き込んで来た。
「ようこそセクンダの姫君。王太子のデュラン・ストラミネアです。長旅でお疲れでしょう、すぐに部屋へ案内させます。必要なものがあれば遠慮なく…」
彼はそこで言葉を切った。
柔和な笑みを固く強張らせ、彼は素早く背後に控える人物に向かって叫んだ。
「すぐに医師を!!」
挨拶をしなければ…と口を開くルシアナだが、口の中がカラカラに乾いて言葉が出ない。後から降りて来た侍女が彼女の腕を支える。
「具合が悪いのですね?」
デュランが顔色の悪いルシアナと背後の侍女に同時に問いかける。うまく答えられないルシアナの代わりに侍女が素早く頷いた。
「申し訳ございません。馬車酔いと旅の疲労が重なったようです」
侍女は恐縮しきりで深く深く頭を下げた。
「わかった。医師を待つ時間が惜しい。僕が運ぼう」
「失礼」と一言囁いて、デュランはルシアナを横抱きにすると大股で歩き出した。出迎えに来ていた他の面々の驚きの表情がみえる。
国王、王妃、妹君、側近や護衛たち…
知った顔ぶれが、全て揃っている。
ショックでルシアナはそのまま気を失った。
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