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いつもの如く長い身体を無防備に投げ出して熟睡する男を見下ろし、私は壁に凭れた。
本日の場所は講堂の北側の連絡通路だ。年に一度のワックスがけの日とやらで運動部は休み。中からは物音はするものの裏側にあたるこの通路を利用する学生はいないようだ。
暫くは目覚めないだろう律の横で、私は脇に挟んでいた封書を取り出し中身を取り出す。しかし、目は文字の上を滑っていき、何ひとつ頭に入らない。
封書の中身は今日訪問した会社のパンフレットだ。
とうとう最終学年に進学した私は、就活を余儀なくされていた。地元へ帰るという選択肢もあったが踏み切れないでいる。この土地にさほど愛着があるわけではないが、あまり社交的とは言えない自分が大学で構築してきた人脈は捨て難い。
私はチロリと足元に視線を落とす。
半開きにした口から健やかな寝息を発する男。この腹の読めない、しかし、やけに面白い男も理由のひとつだ。
毎日のように共に過ごすようになった存在を手放すのが惜しい。知人に毛が生えたような付き合いだというのに、律はいつの間にか私の日常に深く入り込んでいた。律の傍は柔らかな空気が満ちていて居心地が良い。いつしか連絡を心待ちにし、必死で問題を解く自分がいた。
それに気づいた時にはもう、恋に落ちていたのである。
「……不毛」
私は呟いた。
だとして、今更どんなきっかけで仲を深めたら良いというのか。
律の方にはまったくその気がないように見えるし、下手に告白して気まずくなったら即ゲームオーバーだ。学年も学部も研究室も違う二人に接点などない。ただ、隠れんぼゲームを楽しむだけが目的の何とも頼りない繋がりなのだ。
だとしたら、このまま春を迎え、あっさり別れる方がいい。
「何が不毛なんすか」
いつの間にか目を覚ましていたらしい律が、糸目でじっとこちらを見上げていた。言葉に詰まる私の返事を待たずに問いかける。
「なんすか先輩その格好。リクルートスーツ?」
「面接だったんだよ」
思わず漏らした言葉を深掘りされずに済んで、ホッとした。
律は欠伸をしながら身を起こす。投げ出した長い足をずるずると折り曲げて膝に顔を乗せた。
「手応えありっすか?」
「うーん……どうだろ。地元出身者が優遇される雰囲気は感じたよね。夏休みに帰省したら、向こうでも幾つか訪問してみようと思ってるんだけど」
「故郷に帰っちゃうんすか?」
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