ニョロカレ

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 そう考えた途端、律の住所を知らないことに気づく。一年近く一緒にいて頻繁に会っていたというのにお互いことはほとんど知らない。私に限って言えば、詮索ととられるのが怖かったのだ。本当は色々訊きたかったが、人付き合いが淡泊な律に鬱陶しいと思われたらその場で関係が終わるような気がしていた。  もし、もっと踏み込んでいたならば何かが変わっていただろうか。姑息にも腹を探ろうなどと考えずにはっきり訊けばよかったのかもしれない。積極的に攻めればよかったのかもしれない。  けれど、いまさらそんな勇気は持てない。律の中での私の立ち位置がわかった今、それを覆すことは至難の業だ。恋愛は苦手分野の私には、どうすればよいかなどまったく思いつかない。誰かに相談してみても良いが実践できる自信もない。我ながら後ろ向きである。  私は外履きのスリッパを脱ぎ、部屋に入る。すっかり冷えてしまったうどんを見てため息をついた。  外からは器用で社交的に見えるらしいが、実際の私は不器用で臆病だ。中高大と環境が変わるたびに変わろうと努力してみたが、いまだにうまくいかない。  うどんの器にラップをかけレンジに入れる。ブーンという機械音を聞きながら目を閉じる。  胸がずきずき痛み気持ちは落ち込むが、そのうち収まるだろう。幸い忍耐力はある。それに、どうせ数か月後にはこの地を去るのだから。   律と会わなくなって一か月が経とうとしていた。出題者が私になったことにより、こちらから連絡しないとゲームは始まらない。意図せずとはいえ私にとっては都合のいいルール改正となった。顔を見なければ失恋の痛みもぶり返すことがない。律への思いは順調に消化されていると感じていた。  そんな梅雨明け宣言間近の夏休み手前、私は染み出す汗をハンドタオルで拭いながらアパートの階段を上っていた。バイト先のエプロンが入ったトートバックを肩に掛け直し、タオルで首を扇ぐ。ポケットを探りキーを取り出して最後の段を上り終えると、共同通路に目を向けた。  そして、思わず足を止める。  ちょうど自分の部屋の前らへんに、人の足が見えた。隣人が数日前からドアの横に置いている故障した冷蔵庫の陰になって上半身は見えないが、確実に何者かがドアの前に居座っている。
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