ニョロカレ

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 その日、私は中庭で何かを踏んづけた。  それが人だと気付くまで数秒要した。それほど周りの景色に馴染んでおり、尚且つ、まさか自分以外の人が居るとは思いもしなかったからである。  まず、中庭は旧校舎と廃校舎に囲まれた場所にあり、大学の生徒は滅多に寄り付かない、というより存在することすら知らない者が多数だと思う。故に閑散とし、荒れている。  そこに目をつけた研究室の教授が無許可でビニールハウスをこさえ、勝手に植物を栽培し始めた。私はその世話係に任命されていたのである。  6リットルの如雨露(じょうろ)を抱え、膝まで生い茂る草を掻き分け任務に挑む。毎回の事ながら、理不尽さを拭えない。  そして、パンツにくっつく草の種をそのままにのしのし歩く私の足が、思い切り異物を踏みつけたのだ。  それはぐにゃりと反転し、よろけた私は如雨露の水をぶちまける。唖然とし立ち尽くす私の耳に入ってきたのは、何とも間延びした声だった。 「んあ……ちめたい……」  むっくりと草むらから現れた人物は、ボサボサの髪を掻きながらびしょ濡れになった足を見つめる。そして、ゆっくりと顔を上げた。 「なにをするんですか。酷いなぁ……」  それが彼、桝田 律との出会いだった。  律は私よりひとつ年下で、微生物ナントカ研究室に所属している。ひょろ長い体型で手足も長い。髪は天パでクルクル。目は一重の糸目だが、顔は整っている方だと思う。性格は穏やか、というか飄々としているという表現が最もしっくりくる。  律は極度の低血圧で、大抵どこかで寝そべっている。愛用の携帯枕を片手にぶら下げ、静かで適温な場所を探してさまようのだ。  あの後も何度か偶然に遭遇し、地べたで微睡む律と言葉を交わすようになった。そして、いつからか二人の間で妙なゲームが始まったのである。  律は、誰にも邪魔されず眠りたいと言うが、私にだけは居場所を知らせてくる。知らせるといっても、画像を送り付けてくるだけである。寝転んで撮ったと思われるアングルのそれからヒントを見つけ出し、律に辿り着いたら私の勝ち。律が目覚めた時に傍に居なかったなら、私の負けだ。そして、負けた方が自販機の飲み物を奢る。  私と律は、そんなくだらないゲームに興じる間柄なのである。
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