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何を言って、何をそんなにも高揚していたのかも忘れ去り――……やがて、玉枝はぱちりと目を開いた。
「……あれ?」
玉枝は地面に横たわっていた。隣を見れば、折り重なって倒れている有馬たちと、呆然と膝をついた夜刀が目に入る。
一体何事かと首を傾げて考える。
有馬に追いかけ回されていたところまでは覚えているが、何がどうしてこんなところで倒れているのかさっぱり分からない。転んで頭でも打ったのだろうか。髪を手ぐしで整えながら立ち上がり、玉枝はへらりと夜刀に微笑みかける。
「ごめん! 俺、転んだ? 心配かけてごめんね、夜刀くん」
「……ううん。大丈夫、だよ」
夜刀は気落ちした様子で目を伏せる。何やら落ち込んでいるらしい。イケメンはしょんぼり顔もきまるのが羨ましい。
降り注ぐ雨が、勢いをどんどんと増していく。俯いた夜刀の頬に水滴がとどめなく伝う様は、まるで泣いているかのようではないか。というより、本気で泣いているかもしれない。どうしたというのだろう。
かける言葉に困って空を見上げる。すっかり天気は雨模様で、真っ黒な空からは、バケツをひっくり返したかのような雨が降り注いでいた。
「夜刀くんの雨男パワー、なかなかだね」
にへりと笑いかけると、夜刀は何かを考えるように目を伏せた。ややあって、儚げな笑みを浮かべて「そうだね」と一言口にする。
「そういえばさ、夜刀くんはなんの獣人なの?」
「内緒」
「ケチだなあ。ヒントは?」
「諦めが悪い種族だよ」
「なにそれ」
けらけら笑うと、こちらを見つめる夜刀とぱちりと目が合った。いつも通りの眠たげな眼差しなのに、瞳の奥には、ぞくりとするような激しい感情が燃えている。
「俺、勝つから」
「お、おう。燃えてるね」
「絶対、勝つからね」
「なんだか知らないけど、分かったよ。でも、授業なんだし、気楽に行こうよ。夜刀くん」
玉枝は宥めるように夜刀の背を叩いた。
豪雨の中で、獣の尾を形どった空気がゆらりと蠢く。
追いかけっこは、終わらない。
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