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「はぁ……」
事務所を出るなり苦い溜め息がもれた。
振り返れば、ドアのはめ込み窓の向こう見えるのは、神妙な面持ちの店長と二人の警察官、それに泣きながら何度も頭を下げる小柄なおばあちゃんの後ろ姿。両者の間には未会計の商品が幾つか並んでいる。値引きされたあんパン、おせんべい、缶コーヒー等々。どれも百円するかしないかの安価なものばかりだ。あのおばあちゃんは、寝たきりの旦那さんを在宅介護しているらしい。そのストレスからなのか、自分でもわけがわからないまま万引きしてしまったのだという。
こういうケースは本当につらい。彼女がマイバッグに商品を落とし入れ、会計をせずにそのまま店外へ出たので声を掛けざるをえなかったが、誰にもあんなことはしてほしくない。
そう、私は私服警備員、いわゆる万引きGメンだ。
六年前に離婚して、今は一人息子の拓夢と二人暮らし。それまでパートタイマーの仕事しかしたことのなかった私には、安定した収入のある正社員の仕事が必要だった。
そこで選んだのが警備会社。本当は給料の良い交通整理員になりたかったのだけれど、夜勤があることや現場があちこち変わるというのがネックになり、所長の勧めもあって万引きGメンの仕事に落着。今年でもう五年目になる。
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