第15話 知らない番号

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 第15話 知らない番号

 ヨーロッパツアーで出会った男性二人。  岩倉悠斗(いわくらはると)、三十一歳、大阪在住、独身で彼女なし。第一印象は爽やかな細身のイケメンで、お洒落にも気を遣っていた。それはもしかすると、兵庫県出身なのが影響しているのかもしれないけれど、普段は制服を着て働いている関係で休日くらいはお洒落をしたい、と思ってなのかもしれない。  見た目から警察官とは想像できず、()り気無い優しさがいつも嬉しかった。莉帆のことが好きだと言っていたのが本当なのかはわからないけれど、もしそうだとすれば、同じく莉帆のことが好きな勝平と莉帆を二人きりには、普通はしたくないはずだ。それが出来ているので彼はよっぽど心が広い、もしくは莉帆のことはそこまで好きではないのだろう。  高梨勝平(たかなしかっぺい)、悠斗と同じ三十一歳、独身で彼女なし。悠斗よりはガッチリしていて元気もありそうなのは、生まれも育ちも大阪だからだろうか。莉帆が困っているとすぐに対策を考えてくれるし、事件のときも親身になって話を聞いてくれた。佳織が言うには、旅行の頃から莉帆のことを気にしていたらしい。  力強いイメージ通り莉帆には想いをはっきり伝えてくるけれど、彼との距離はなかなか縮まない。連絡は頻繁にくれていたけれど仕事の都合で全く来ないときもあって、そんなときはもしも悠斗に時間があれば彼が様子を見に来てくれることがあった。莉帆が勝平の他に気になる人が二人いると言っても、特に落ち込んでいるようには見えなかった。 「何悩んでるん?」  仕事の休憩時間、莉帆が一人で考え事をしていると先輩たちが話しかけてきた。以前は近くの食堂へ食べに行くこともあったけれど、事件があってからは弁当を持ってきて休憩室で食べることが増えた。 「こないださぁ、男の人と一緒におったやん? 例の人?」 「こないだ? ……あ、新年会の日ですか?」 「そう! 怖いからすぐ帰るって言ってたけど、仲良さそうに喋ってたやん? やっぱりデートやったんちがうん?」  同僚たちは一斉に居酒屋に行ったように見えたけれど、忘れ物をして戻ってきた人が莉帆と悠斗を目撃したらしい。 「違います、たまたま会って……それに、前に言ってたのとは別の人です」 「旅行で一緒になった、もう一人のほう?」 「はい。近くで働いてて、仕事帰りで……車で送ってくれるって言うから」  あの日は悠斗にも別れ際、恋人候補にして欲しいと言われた。もともと候補にしていたので状況は変わらなかったけれど、答えもほぼ決まっていたけれど、どちらが良いのか改めてじっくり考えていた。 「はっきり見たわけちゃうけど、なかなかのイケメンやん?」 「そう……ですね。歌も上手いし」 「良いやーん。カラオケ行ったん?」 「いえ……」  クリスマスに野外ステージで歌っているのを聴いて帰りは勝平が送ってくれた話をすると、先輩たちはまた勝手な妄想を始めてしまった。莉帆が二人から取り合いにされて、莉帆は決め切れず、黙って両方と付き合うようになり──。 「あかんやん、そんなんバレて裁判とかなったら赤坂さん負け()の確実やん」 「ほんまやなぁ、どっちかに決めいや。難しいやろけど」 「両方イケメンなんやろ? 公務員って言ってたやん? 歌も上手くて、あと何あるん? 告白されたりしたん?」 「……しました」  控えめに言うと、先輩たちから歓声があがる。 「どっちから? どっちって、どっちがどっちか知らんけど!」 「……両方です……」  再び起こった歓声に、周りの人たちは少し迷惑そうにしていた。休憩室に飲み物を買いに来た男性も、何事だ、と笑いながらそのまま去っていった。 「えらい急展開やなぁ。元彼から逃げて大正解やん」 「それは、そう思います」  いっそのことどちらも選ばずに友達として関わっていくのが楽しいかもしれない、だとか、出世しそうなほうを選んで優雅に暮らすのも有り、だとか、いつまでも続く妄想を呆れながら聞いていると、莉帆のスマホが鳴った。メールやLINEではなく、知らない番号から鳴り続ける電話だった。 「誰やろ……」 「もしかして、三人目?」 「それはないです……070-xyzx-yzxy……」  莉帆は番号をメモして、鳴りやむのを待った。そして番号を検索してみたけれど何も情報がないというのは、企業ではなく個人から掛かっている可能性が高い。 「070って、最近よなぁ」 「私まだ090。最初に契約してから番号変えてないから」 「それ古いですよー、私もやけど」  ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ……  また同じ番号から電話が掛かってきた。 「出たらあかんで。間違い電話やったら教えたらな(てあげないと)かわいそうやけどな」  休憩時間が終わったので莉帆は仕事に戻ったけれど、机に入れた鞄の中からスマホの振動が何度も起きていた。あまりにしつこいのでタオル地のハンカチで包んだけれど、それでもいつまでも鳴り続けるのでスマホの電源を切った。  見たことのない、携帯の電話帳にも登録していない番号だったけれど、心当たりはひとつだけあった。普段なら二回掛かるだけでは様子見で三回目が来たときに出るようにしているけれど、心当たりが元彼だったので出る気にはなれなかった。別れたときに彼の連絡先は全てブロックしていたので、新しい番号で契約したのだろう。 「ずっと鳴ってたな」  仕事を終えて帰ろうとしていたとき、向かいの席の先輩が声を掛けてきた。莉帆がスマホの電源を入れると、とんでもない数の着信が履歴に残っていた。相手も用事が入ったのか履歴は夕方で止まっていたけれど、よく見ると電話番号で検索されたのか、LINEの友達に元彼が追加されていた。もちろん、ブロックした。 「被害届出して良いレベルちがう?」 「ストーカーやな。警察行ったほうが良いで」 「警察……」  そう呟いて、莉帆は悠斗と勝平を思い浮かべていた。悠斗がどこにいるのか詳しいことは知らないけれど、勝平のところまでは今から行くには遠い。できれば安全に徒歩で行ける場所にある交番を記憶から探しながら、悠斗と勝平との関係をまた考えてしまう。 「警察って聞いたら緊張するけどな」  莉帆が黙っているのを先輩たちは、緊張していると捉えていたらしい。 「心配やったら、一緒に行ってあげよか?」 「いえ……一人で大丈夫です。こないだも行ったし……」  本当は到着するまでは怖いけれど、もしもそこに悠斗がいたときのことを考えると一人の方が良い。悠斗と勝平が警察官だと同僚たちに知られると、また変な妄想をされて話がややこしくなってしまいそうだ。  会社を出てから一人になり、莉帆は地図アプリで調べた最寄りの交番を目指した。すっかり暗くなってはいるけれど、大通り沿いを行くので街灯や店から漏れる明かりがある。  今までは外に掲示されている事故発生件数や指名手配犯のポスターくらいしか見ずに素通りしていた交番に初めて自ら行った。ドアを開けると書き物をしていた警察官が、はい、と顔を上げた。
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