第40話 神様のひみつ

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 第40話 神様のひみつ

 勝平が白のタキシードを着ているのは既に前撮りの日に見たけれど、チャペルで見るのは全くの別物だった。莉帆がこれまでに出席してきた結婚式の新郎たちも普段より何割か増しで格好良く見えていたけれど、勝平の場合は次元が違っていた。自分の夫だから特別に見えるのかもしれないけれど、それにしてもどんな綺麗な装飾よりも勝平本人が輝いて見えた。  莉帆が父親と入場し、離れて勝平と祭壇前へ進む。新郎招待客の中に加奈子を見つけ、思わず頬が緩んでしまう。悠斗の姿はないけれど──そんなことを気にすると勝平に怒られてしまう──他の同期たちは加奈子の近くにいた。  牧師のことばで式は進み、大事な場面になった。 「新郎・勝平、あなたは莉帆を妻とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」 「──誓います。一生、守ります」  おそらく誰も想像していなかった言葉に牧師まで驚き、列席者からため息が聞こえた。真っ直ぐ前を見て言う勝平に莉帆は顔が緩み、牧師も少し口角を上げていた。 「新婦・莉帆、あなたは──」  莉帆は予定どおり、ひとこと言うだけに止めておいた。気持ちは勝平と変わらないけれど、今ここで言う勇気はない。  結婚指輪を交換し、勝平は莉帆のベールを上げた。ウェディングキスをどこにするかは二人で意見が違っていたけれど、本番は勝平は莉帆の希望どおり頬にしてくれた。牧師から結婚成立が宣言され、腕を組んで退場した。  場所を移して披露宴になり、改めてたくさんの祝福を受けた。二人の出会いが紹介され、勝平が積極的だった、と聞いて彼の同期や上司たちから笑いが起きていた。勝平の主賓挨拶は上司が、莉帆の方は佳織がしてくれた。佳織の挨拶には夫婦大國社の占いの話もあって、聞きながら勝平は「次の休みに行こう」と言ってくれた。  お色直しのあとは、二人で各テーブルを回って記念撮影をした。 「結婚式の主役は花嫁やけどなぁ、おまえが目立ってないか?」  勝平を小突きに来たのは、彼の上司だ。莉帆はもちろんピンクのドレスで華やかになっているけれど、儀礼服に着替えた勝平も女性たちから注目されていた。勝平の招待客はほとんどが警察官なので、儀礼服を羨ましがる声も何回も聞いた。 「……じゃあ、こうしときます」 「ふわぁっ? 前が見えへんっ」 「キャー!」  勝平が帽子を脱いで莉帆に被せると、どこかから悲鳴のような歓声が聞こえた。被せ方が悪かったので莉帆は前が見えなくなり、少しだけよろけた。 「おっと、倒れんなよ?」  顔が見えるように勝平が被せ直し、仲の良い姿を見て上司は安心したらしい。この方がいろいろバランスが良いからと、莉帆は帽子を被ったままテーブルを回ることになった。 「ちょっとそれ、私のカメラでも撮らして。鈴木部長が写真いっぱい撮ってきて、ってうるさかってん」  莉帆は先輩や人事と相談し、夏まで働いてから有給消化を入れて結婚式までは在籍している形にしてもらった。直属の上司と先輩たちは招待したけれど、鈴木部長は招待しなかった。 「最初、彼氏は警察官や、って聞いたときビックリしたけど、ほんまにお似合いやん? あのとき、ほんまにありがとうね。……この子が酔っ払ってたとき」 「ああ……いえ……寝てる間に指輪のサイズ測れたし、ちょうど良かったです」  勝平は笑い、莉帆は頬を膨らませた。 「あんまり飲みすぎんように言うたってな」 「はい。あ、でも、酔ったほうが本音ぽろっと出るから、俺はその方が良いんですけどね」 「ええっ? 私、何か言ったん?」  莉帆は勝平に何度も聞くけれど、勝平は笑いながら次のテーブルへ行ってしまった。莉帆も先輩と上司に挨拶をして彼を追った。  結婚式から少し経って、莉帆と勝平は飛行機に乗っていた。約一週間の新婚旅行のため──今回はツアーではなく個人旅行だ。行き先を考えていたとき、勝平からスケジュールの案を見せられた。二人の思い出の場所、オーストリアとチェコだった。 「前も行ったけど、あんまり時間なかったし、莉帆も病んでたやろ? もう一回、ちゃんと見たくてな」 「すごい、私もここ、もう一回行きたかった!」  ウィーンはもちろん、ハルシュタットやチェスキー・クルムロフ(世界で一番美しいとされる街)もだ。どちらも滞在時間が短かったので、観光できたのはほんの少しだった。 「行きたい! やっぱり移動は時間かかるんやなぁ。……あれ? ここ、ウィーンの滞在時間、まるまる一日なん?」 「──それがメインやからな」  勝平は詳しくは教えてくれなかったけれど、それでも再び中欧に行けることが嬉しくて莉帆は彼が考えた案にすぐに賛成した。飛行機とホテルも勝平がすぐに手配してくれて、莉帆はただ荷物をまとめてその日が来るのを待った。  離陸から約半日経ってチェコに到着し、行きたかったところをのんびり観光した。二年前とほとんど変わらず英語はあまり通じなかったけれど、莉帆はそもそも話せないので勝平が頑張ってくれたけれど、時間に余裕があったので焦る必要はなかった。出会った地元の人たちに『新婚旅行だ』と言うと、ガイドブックに載っていない穴場絶景スポットや隠れ家レストランを教えてもらえた。  そして、旅の終わりになって、ウィーンに着いた。 「懐かしいなぁ、ここで勝平が声かけてくれたんよなぁ」  カフェザッハーに行こうとしていたとき勝平が話しかけてきた、オペラ座の前だ。相変わらず中世の格好をした人たちがオーケストラに誘いに来るけれど、勝平がとりあえず〝いま時間ないから後で〟と言ってくれている。 「ほんまに、夜に聴く予定にしてるからな」 「やったぁ。それまでどうしよう、どっか……」 「とりあえず、カフェザッハーが良いんじゃない?」 「え? ……ああ! 悠斗さん! あっ、もしかして、一日ウィーンになってたのって」 「勝平から、案内しろ、って連絡あってな」  驚く莉帆を見て悠斗が笑っていた。隣には若い女性──おそらく地元の──がいて、莉帆に何か言った。 「……勝平、何て?」 「悠斗、マジか。やったな。……この子、悠斗の彼女やって。結婚するらしい」 「わぁ! おめでとうございます!」 「アリガト」  莉帆が彼女に〝悠斗のどこが好きか〟と日本語で聞くと、勝平が英語で彼女に伝えてくれた。彼女は悠斗のほうを見て照れながら、〝可愛いけど、ちゃんと男らしい面もある。日本で警察官だったと聞いて好感度が上がって、音楽のセンスもあるので一緒にいて楽しい〟と教えてくれた。 「うん、悠斗さんはセンスあると思う!」 「──俺は?」 「勝平も、もちろん。歌ってる声が好き」  莉帆は彼女も一緒に一日過ごすのかと思ったけれど、彼女は用事があるようで挨拶を済ませるとどこかへ行ってしまった。  佳織がいないのが残念ではあるけれど、三人で過ごす時間はとても楽しかった。二年前に行った他にもたくさんの場所へ行って、美味しい物を食べた。悠斗は彼女とのことも話してくれたので、それはまた勝平が仕事に戻ってから同期たちに報告するらしい。勝平が言っていたオーケストラを三人で聴いたあと、悠斗と別れてホテルに戻った。 「日本に帰ったら、奈良行こうな。関空着いたら朝やし、すぐ行こ。車やからそのまま」 「えっ、しんどくない?」  驚いている莉帆に勝平が迫ってきて、そのままベッドに押し倒された。既に何度か経験した状況ではあるけれど、ここはオーストリアで、帰国の飛行機は翌朝だ。 「俺は大丈夫。莉帆も、今は元気やろ? 飛行機と車で寝れるようにしとかなあかんからな?」 「そうやけど……」 「他のやつのこと考えたバツ」 「んんっ」  唇を塞がれて、身動きが取れなくなった。寝坊して遅刻したらどうするのかと言いたくなったけれど──勝平が一生守ると言ってくれたように、莉帆も一生ついていくと決めていた。抵抗しかけたのをやめて全身の力を抜き、勝平に身を任せた。  ──気がつくと莉帆は布団の中で勝平に抱き締められていた。ヨーロッパのホテルはあまりエアコンが普及していないので、彼の肌がとてもあたたかい。 「莉帆……しんどくないか?」 「うん……はは……」 「どうした?」 「ううん、この人ほんまに警察官なんかな、って」 「──守るのと愛するのは別の話やろ?」  帰国してから訪れた夫婦大國社で、莉帆はまた大吉を引いた。莉帆は専業主婦ではあるけれど生活は充実して、勝平もまた部下に頼られていた。  それから来年の夏に可愛い子供が誕生することは──神様はまだ二人には秘密にしておくらしい。
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