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 ――おいらは、誰かに愛されたかったのかもしれない。  新年が明け、しん、と雪が全ての音を吸収している朝。おいらは(みなと)屋の前に置かれていたらしい。女将さんの話だと、玉のような綺麗な顔をしていたから引き取っただけで、不細工ならそのまま凍死させるとこだったんだと。  花よ蝶よと育てられ、磨きをかけにかけた顔と技。誰もが見惚ちまうほどの美しい男においらは育った。吉原の玄人よりも美しいんじゃないか、愛らしいんじゃないか、と、港屋を訪れた客に言われたくらいだ。  港屋は表向きは船宿だけれど、その実、陰間茶屋としても勤めをしている。抱える役者は何十人。そのうち花の枯れ切ったものは船宿で奉公をしている。中にはお客に気に入られて、そのまま身請けされていくモンもいる。  おいらは、どちらでも良い。生かせてもらった恩がある。客に買われるならそれで良い。買われずに花が枯れ切ったなら、普通の奉公をする。そんだけだ。  今日も今日とて、お客はやってくる。船宿には廻船の乗組員が泊まるだけでなく、吉原通いの客も来る。今から吉原に行くって客は、おいらの客になりゃしない。おいらの客は、もっぱら廻船に乗る男。もしくは、逢引で女にフラれた男の慰みをする。 「――んで、春菊(しゅんぎく)は、顔も良けりゃ技も良いってのに、貰い手がいないってのか?」 「おいらぐらいになると引手数多ってもんだ。そんなこというなら、あんたがおいらを引き取ってくれるんかえ?」 「ハッ、俺のようなもんじゃその可愛い顔を保てねぇさ。中臣(なかとみ)屋ぐらいの大店(おおだな)じゃねぇとな!」 「中臣屋……?」 「知らないってのか? 船宿にいるんだから、大店の廻船問屋(かいせんどんや)の屋号くらい知ってるもんだろ」 「おいらは表で働かないからね。この白い手に傷をつけるわけにゃあいかないってさ」 「おーおー。さすが春菊姫だ。言うことが違う」 「かけられてきた金が違うってね」  おいらは特別だ。特別に、仕込まれた。あにぃがたに技を仕込まれ続けた。どんな男が相手でも女が相手でも、おいらの手にかかりゃ善がり狂うってもんだ。  客が帰れば後始末して眠るだけ。熱したネギを菊座に当てねぇとやってけない。  たまには表の仕事でも見てみるか、と思ったのは黄金色に輝く髪を見かけた時。あんなにきらきらしたものを見たのは初めてで、胸がぎゅっとなった。だけんど、鈍く赤く煌めく瞳が怖くて、物陰から見ることしかできなかった。 「どうしたんだい春菊? 鬼が見たくて来たかい?」 「女将さん。今の人は何だい?」 「あれは廻船問屋中臣屋の若旦那様さ。小焼(こやけ)って名前だよ。男色の者に好かれる顔してんのに、本人は女房一筋でね、こっちにゃまったくだ」 「へぇ」  なるほどね。あれが客の言ってた廻船問屋の若旦那様か。おいらなんてまったく眼中に入ることなさそうだ。きっとああいうのにあてられた人は多いだろうに。  おいらの一日は変わり映えもしない。いつでも同じ日常だ。同じように勤める陰間と乳繰り合って遊ぶこともあるけど、だいたい一緒。  だけど、一瞬にして変わったんだ。  ある日、女将さんが風呂場に連れてきたのは、綺麗な黄金色の髪に、突き抜ける空のような色の瞳をした美しい顔の人。新入りにしては、花は枯れてそうだった。だけど、その美しさから、おいらは目を離せなくなった。 「この子は廻船問屋中臣屋の次期亭主、千歳(ちとせ)さ。男に抱かれたは良いけど後始末もろくにできてないようだから、あんた達、教えてやりな」  この人は、おいらよりも、愛されているのに、おいらよりも、寂しい思いをしてる。肌を重ねてわかった。  おいらなら、その寂しさを埋めてあげられるのに……。おいらなら、もっと愛してあげられるのに。  だけど、おいらは船宿の陰間だ。大店の次期亭主が、おいらに心を裂くことなんて、無いと思う。ここに通ってくれることもないはずだ。だって、相方がいるから、こんなに中を汚して来たんだもの。  それから、月日が過ぎて、よく通る低い声が玄関から聞こえてきた。 「千歳の相方はいますか?」
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