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 ドサッ、と力無く千歳がおいらの上に倒れこむ。呼吸はしてるから、上手く締め落とせたようだ。  港屋に居る時に首の絞め方を教わってて良かった。あの時のに感謝しないと。今使える技だとは思わなかった。  千歳を布団に寝かせて、おいらはあきの姐さんのいる部屋へ戻る。 「十瀬。ちぃちゃんは?」 「大丈夫。乱心してたから……、首を絞めて落としたけど……」 「……ごめんな」 「姐さんが謝ることじゃないよ! おいらが千歳あにぃのことをもっと注意してあげなかったから……」  でも、このままじゃ駄目だと思う。  千歳は目が覚めたらまた乱心してしまうかもしれない。  ……おいらがいるから、駄目なのかな。おいらがいると千歳は幸せになれない? おいらが邪魔をしてる? おいらが消えれば、千歳は幸せに――……。 「十瀬!」 「あ、ああ、な、何? あきの姐さん何か話してた? おいら、ぼうっとしちゃって」 「あんたが何考えてるかあたしにはわかるんよ。あかんよ。十瀬はちぃちゃんの側におったらな。ちぃちゃんはあんたが側におらな、更に壊れてまう」 「だけど、おいらがいたら、あにぃは……」 「あんたはおらなあかんの! はい! これでこの話はおしまい! ……あたし、今夜はここで寝るわ。あんたは代わりにちぃちゃんと寝て」 「わ、わかった」  蝋燭をふぅっと消して、あきの姐さんは布団に転がった。  おいらは、千歳を寝かせた部屋に戻る。夫婦の部屋に、男妾のおいらがいるのは悪いとは思うけど……、あきの姐さんに言われたから、従わないと……。  千歳は規則正しい寝息をたてていた。炎に照らされた白い肌は微かに赤みを帯びて見える。 「……千歳は、ずるいよ」  綺麗な姿で生まれてきて、こんなにもたくさんの人に愛されてる。  おいらとは違う。おいらも愛されたい。  真に愛されたい。心から「好き」と言ってもらいたい。  手を握る。あったかい。生きてる。指を絡める。手を握ってあげる。こうすれば、千歳は落ち着くって言ってた。手を離さないでほしいって……聞いたことがある。  炎を吹き消し、千歳に寄り添って瞼を閉じれば、もう朝だ。窓からの光で目が覚めた。  隣に千歳はいなかった。  おいらは急いで階段を下りた。黄金色の髪が揺れる。 「朝から騒々しいですね。階段が壊れるのでゆっくりおりてください」 「す、すいやせん。あ、あの、千歳あにぃは……?」 「千歳なら、菊田様の屋敷に行きましたよ。貴方と約束したから、と。あの子なりに思うところがあるのでしょう。店の金をくすねて行ったので……。まったく」  店の金をくすねていったって……、そんな…………。おいら、千歳を悪いほうに導いてる……? 止めさせなきゃいけないのに、どうしたら良いかわかんない。  ただ、目から涙がぼろぼろ流れる。追いかけないといけないのに、足に力が入らなくて、おいらはそのまま座りこんでしまった。 「泣かないでください。困ります」  頭上から声が降ってくる。  小焼様の声色は全く困っているように感じられなかった。 「小焼様。十瀬を泣かせたらあかんの」 「私が悪いんですか?」 「小焼様は悪くないやの。悪いのは千歳。店のお金を勝手に持ち出した盗人やの。戻ってきたら縛り上げてやるやの!」 「あにぃは悪くない! 悪いのは、おいらだ!」 「ふぅん。それは冗談やの。で、十瀬はどうして自分が悪いと思うん?」  おけいさんは屈んでおいらの顔をガッと掴んで目を合わせる。大きな青い瞳が綺麗だ。千歳と同じ青い瞳。お天道様のようにキラキラ光って見える。 「おいらが……、千歳に……愛されたいって……思ったから…………」 「それは悪いことやないの。誰だって、好いた男に愛されたいと思うの。ウチも小焼様に愛されたいって思ってるの。四六時中いちゃついてたいの。あなたが反省すべきところは、千歳に黙ってあきのといちゃついたこと。千歳はウチに似て嫉妬深いの。一番やないと駄目やの。一番に愛されてないと不安になってしまうの」  おけいさんは自分の頬を両手で包んでふるふる首を振っていた。  ……もう一度、千歳にきっちり謝らないと。あきの姐さんとのこと、謝るんだ。千歳のことを考えてやったことだけど、千歳にとっては嫌なことだったから、たくさん謝らないと。
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